駄菓子屋店主の“話を聞くだけ”の無責任スタイルが子どもに人気なワケ

シリーズ「令和版駄菓子屋」#2‐2 ユニーク店主~「みんなで駄菓子屋(仮)」(愛知県名古屋市)~

ライター:遠藤 るりこ

歴史ある町の横丁の一角に、子どもたちの集いの場所が生まれた。  写真提供:「みんなで駄菓子屋(仮)」

ときにやさしく、時に厳しく子どもたちを見守り続ける駄菓子屋の名物店主たち。

喧嘩の仲裁をしたり、悩みの相談に乗ったり、一緒に泣いたり笑ったり。店主と客という関係性を超えた、子どもたちとの関わりを日々築いています。

今回は、ちょっと不思議な関係を築いている駄菓子店、その名も「みんなで駄菓子屋(仮)」(愛知県名古屋市)の店主・あいざわけいこさんにインタビュー。

子どもにとって大切なこと、駄菓子屋という居場所への考え方について、お話を伺います。

※2回目(#1を読む

目指すは駄菓子屋界のサグラダ・ファミリア?

愛知県名古屋市中村区の、大門(おおもん)エリア。かつて、日本一の遊郭とも言われた中村遊郭があり、日本最大級の歓楽街として栄華を極めた地でした。

そんな大門のとある横丁で、昭和の時代にスナックだった建物を改造して作られた駄菓子屋があります。その店名はズバリ「みんなで駄菓子屋(仮)」。店主のあいざわけいこさんの本職は、グラフィックデザイナー兼カメラマンです。

まちづくりプロジェクトやイベントで関わりを持ったことで、この町で駄菓子屋を開くことを決めたあいざわけいこさん。  写真提供:「みんなで駄菓子屋(仮)」

「2020年ごろ、コロナで学校も公園も行けない、何もかも中止になってしまうなかで、私が今子どもたちのためにできることってなんだろうと考えました。

コロナ禍でも子どもたちが短時間でもいいから自然に立ち寄れるような場所があるといいな、それなら『駄菓子屋』という仕組みがいいかなって」(あいざわさん)

そんなとき、横丁にあったこの物件と出会いました。

「想像以上に建物が傷んでいたので、リノベーションには1年かかりました。しかも、どうせやるなら店作りの過程も子どもたちと一緒に楽しみたかった。

漆喰(しっくい)を塗ったり、タイルを貼ったり、その都度子どもたちと進めていったので時間がかかりましたね」(あいざわさん)

でも、「こういうプロセスを楽しむことが、とっても大事だと思う」とあいざわさん。

「目的は、店を作ることじゃなかったので。子どもたちが集って楽しめるなら、最終的に店は出来上がらなくてもいいなって、ガウディみたいな気分でやっていましたね(笑)。

お店でもイベントでも、大人がお膳立てして作って『はいどうぞ』ってするものって、できたら終わりだと思っていて。それよりも、そのプロセスをどう一緒に楽しめるのか。子ども時代に大事なのは、そんな経験だと思うんです」(あいざわさん)

時間をかけて、少しずつ傷んだ建物を整えていく。みんなで作った過程こそ、価値のあるものだった。  写真提供:「みんなで駄菓子屋(仮)」

そうしてできたお店なので店名は「みんなで駄菓子屋(仮)」。2021年12月に開店しましたが、まだ店名は仮のままです。

店では宿題をしたり、絵を描いたり、店前の掃除をしたり、「たません」(名古屋の駄菓子屋名物、簡易版お好み焼き)を作ったりと、子どもたちがみな思い思いの過ごし方をしています。

数十件の飲み屋が軒を連ねていた横丁の入り口、角地に店を構えた「みんなで駄菓子屋(仮)」。  写真提供:「みんなで駄菓子屋(仮)」

子どもたちにとって、店主であるあいざわさんはどんな存在なのでしょう。

「この間ある常連の男の子から、神妙な顔つきで『僕、ずっとあいざわさんのこと、絶対ウラがあると思っていたんです』とか言われて、めちゃくちゃおもしろかった。

こんなに楽しいお店を開いていてくれて、優しくって、この人は絶対怪しいぞって思っていたんですって。子どもたちからしたら、駄菓子屋は不思議な存在なんでしょうね(笑)」(あいざわさん)

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