不登校から「オードリー・タン」が生まれた台湾に日本再生の鍵が!

(対談)石崎洋司×近藤弥生子

日本でも可能!? 台湾が目指す「おおまかな合意」とは

石崎:この本を書きながらずっと頭を巡って離れなかったのは、「もし、オードリーが日本に生まれていたら、台湾みたいに受け入れられていただろうか」ということです。

日本だったら「とても優れた人だけど、特殊な環境で育った、特別な人だからね」で終わったんじゃないか。台湾に住んでいる日本人として、その違いは何だと思いますか?

近藤:「オードリー・タンが日本に生まれたとして、受け入れられる社会だろうか」ということは、『オードリー・タンの思考』(ブックマン社刊)を書いた時から思っていました。

わたしとしては、「日本も変わってみませんか」とドアをノックするような感じで書いたのですが、その受け取り方の台湾との差には、失望したところでもあります。

どうして台湾で彼女が受け入れられたかといえば、けっきょく台湾は小さくて、常に脅威にさらされ続けているから。世界から国として認められてすらいない。

だから台湾の人には「世界に認められないと生き残れない」という危機感があるんです。閣僚なんかも、その分野で一番優れた人を起用する。

オードリーさんが、主流の人から見れば多少風変りでも、こんな優れた仕事をしてくれるなら良いじゃないかと。

外から見ると、幸か不幸か日本は、先進国として認められていたことで、そういう危機感が未だにない。

既得権を持った人が硬直化して、良い芽があっても生かされていないように見えます。

石崎:日本も変化しているけど、あきらかにスピードが遅い。

台湾やほかの国々の変化のスピードがすごく速くなっているから、特急と並行して走る遅い電車に乗っているときみたいに、ずるずる後退しているように感じます。

台湾も日本と同じ儒教文化を社会の基層にもっていて共通点も多いと思いますが、世代間のギャップや抵抗感はないのでしょうか? 

もうあの時代にはぜったいにもどりたくない!

近藤:やはり世代間ギャップはあります。ただ台湾の場合、白色テロの時代を経験していることが大きい

38年間も戒厳令が敷かれて、自由にものが言えず、突如、連行されるような時代。二度とあそこに呑み込まれたくないという思いが強いのです。

台湾には国家人権博物館があって、白色テロの時代、権威主義の下で何が行われていたのかきちんと展示されていて、当時を知る世代の方が体験を話してくれるんですね。

オードリーさんが民主主義をたいせつにしてくれることへの共感は、年齢が高い人にもあります。

石崎:なるほど。ここでも危機感の違いが影響していると。知らない人も多いですが、台湾は多民族社会でもありますよね

近藤:そうです。台湾の場合、同じオフィスで働いていても、本当にみんながバラエティー豊かなバックグラウンドをもっているんですね。

日本で働いた時は、職場では同じ価値観を持っているのがあたりまえだと思い込んでいましたけど。台湾の人は、相手の価値観を否定せず、尊重して対応することになれていると思います。

石崎:台湾では「みんながちがっていて当たり前」の文化があるわけですね。それとオードリーさんがおっしゃる「だれも取り残さない」、新しい民主主義との関係はどうでしょう。

多数決で少数者を切り捨てるのではなく、完全な勝者も完全な敗者もいない「おおまかな合意」を目指すという考えは、台湾にはもともとあったものでしょうか?

近藤:「おおまかな合意」は、コンセプトとしては言っている人はいましたが、オードリーさんは、大きな予算をもって、システムから変えようとしているので、やはり独自だと思います。

オードリーさんがよく言われるのは、「公務員はほとんどの人が、みんなのためになろうと思っている。ただシステムのために、それが実現できないでいる。だから自分は、公僕のための公僕になって、みなさんをサポートする」と。

石崎:台湾にますます興味が湧いてきました。大切なのは、オードリーさんの使っているデジタル技術とか個々のアイデアじゃなくて、もっと根本的な社会との関係性の作り方ですね。

[文・聞き手/吉田幸司(講談社)]

『「オードリー・タン」の誕生 だれも取り残さない台湾の天才IT相』
石崎洋司/著 
定価:1650円(税込)
発売:2022年4月18日
四六判 208p
ISBN978-4-06-527593-1
イラスト©小林マキ

●読者対象:小学生から大人まで 今、疎外感を感じている子どもたち/ 今、疎外感を感じている親、大人たち/進むべき未来(希望)を探すすべての人たち/親子読書にも最適です! 

◆内容紹介
IQ180、十代で起業、ITの神様、Appleの顧問、33歳でビジネスから引退し、台湾で最年少大臣……。彼女には、そんな「勝ち組」の代表のような言葉がつきまといます。けれど彼女は、生まれたときから、さまざまな意味での「生きづらさ」を抱え、はじきだされる側でした。

生まれてすぐに重い心臓病にかかり、泣くことや風邪をひくことすら命とりだった幼少期。小学校では高すぎる知能のゆえになじめず、8歳で不登校となり、世界に絶望し、死すら考えたこともあります。笑顔が絶えなかった家庭は不和となり、父はドイツへと去り、家族は崩壊の一歩手前でした。

母の必死の努力や、さまざまな「恩師」や、年上の才能あふれる友人たちの力、ドイツでの生活と父との和解。おりしも勃興し始めたインターネットの世界との出会いによって、真っ暗に見えた前途に明るい光が射します。

中学ではエリート高校への進学の道が約束されていました。けれどオードリーはここで、さらに痛切に「生きづらさ」を感じます。

それは高まる周囲の期待と自分のやりたいことの不一致、自らの身体と心の性の不一致。「みんなのことをみんなで解決しよう」とするハッカー文化と、順位や勝ち負けを競うばかりの現実社会との不一致……。

そんなオードリーを救ったのは、台湾の先住民たちの多様性でした。

「だれもが自分を曲げることなく、でもだれも困らせない、そんな道を、わたしたちはきっと見つけられる」。

そう確信したオードリーは、中学校に通うことを止め、自分らしく生きることを決意します。

本書は、第一部、「オードリーの生い立ち」、第二部、「オードリーの仕事」という構成で、唐宗漢少年がどのようにして、世界に希望の火を灯す、<新しい民主主義>の旗手「オードリー・タン」となっていくのか? が描かれています。

 彼女の心の軌跡には、感嘆せずにはいられません。対立と分断を乗りこえる彼女のものの考え方の出発点をしっかとりと見据えること。

それは台湾が実現しようとしている、デジタルを駆使した、斬新なソーシャル・イノベーションの仕組みと成果を、より立体的に見せてくれることになるでしょう。

デジタルなのに温かい、人間にやさしい<新しい民主主義>を学ぶことにもつながります。

石崎 洋司(いしざきひろし)
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、出版社勤務を経て、作家・翻訳家としてデビュー。『世界の果ての魔女学校』(講談社)で第50回野間児童文芸賞、第37回日本児童文芸家協会賞を受賞。「黒魔女さんが通る!!」シリーズ(講談社青い鳥文庫)など多数の人気作品を手がける。伝記には『杉原千畝 命のビザ』、『福沢諭吉 自由を創る』(講談社火の鳥伝記文庫)などがある。  

近藤 弥生子(こんどうやえこ)
1980年福岡生まれ・茨城育ち。台湾在住ノンフィクションライター。東京の出版社で雑誌やウェブ媒体の編集に携わったのち、2011年2月台湾へ移住。現地デジタルマーケティング企業で約6年間、日系企業の台湾進出をサポートし、2019年には日本語・繁体字中国語でのコンテンツ制作を行う草月藤編集有限公司を設立。雑誌『&Premium』、『Pen』で台湾について連載中。著書に『オードリー・タンの思考』(ブックマン社)。『オードリー・タン 母の手記「成長戦争」』(KADOKAWA)、『オードリー・タン まだ誰も見ていない「未来」について話そう』(SB新書)。オフィシャルブログ「心跳台湾」。

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