【進む少子化】厚生労働省の最新調査(※)では、2022年の出生数が過去最少・初の80万人割れとなった。
平均年収443万円の日本で、本当に必要な少子化対策とは? 雇用・結婚・出産・育児問題に詳しいジャーナリスト小林美希氏が、取材から見えてきた子育て世代のリアルを解説(全3回)。3回目では、二人の保育士の例を紹介、「平均年収以下」で働きながら子育てをする現状について考える。
(※人口動態統計速報(令和4年12月分)2023年2月28日発表)
【小林美希(こばやしみき)1975年生まれ。就職氷河期の雇用、結婚、出産・育児と就業継続などの問題を中心に活躍。2013年「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』など著書多数】
「平均年収以下」で働きながら子育て
平均年収であっても「普通」に生活できず、少子化に歯止めがかからない。そうしたなかで、ひとり親であるなど不利な立場では、平均年収には遠く及ばず、仕事と育児の両立に苦悩することが少なくない。
厚生労働省による2020年の推計では、全国の母子世帯(平均世帯人員3.18人)の平均年収は、373万円だった。母自身の収入に限ると、272万円と低いのが現状だ(「全国ひとり親世帯等調査結果報告」)。
近著『年収443万円』(講談社現代新書)では、「シングルマザー(41歳)が、小学生の子どもの生活時間に合わせるため、工場でパート勤務。最低賃金の月収が10万円前後に、夫からの養育費が月5万円」という状況に陥っているケースを取り上げた。その女性の夢は、「大人も子どもも孤立しがち。いつか、子どもたちが安心して立ち寄れる居場所を作って運営すること」という。
核家族化が進んだうえ、雇用の分断が社会の分断をもたらしている。「孤立した育児」が強いられるなかで、シェアハウスやコレクティブハウスのような、他の家族と気軽に交流できる住環境が求められている。
そして、毎日通う保育園こそが、親の就労を支え、孤立した育児から救ってくれる存在となるはずだが、肝心の保育士の収入は、全産業平均を大きく下回っている。
2人の保育士の例から、「平均年収以下で働きながら子育てする現状」を考えてみたい。
ケース1:シングルマザーの山崎由美さん(仮名、43歳)
「私は20代後半で大学時代の同級生と結婚したのですが、夫に問題があって離婚しました。今は都内で9歳の子どもと暮らしています。
まだ保育士になって1年目です。その前までは10年ほど専門的な事務の仕事をしていて、非正規雇用で働いていました。
1年ごとの契約更新時に謎のテストを受けるのですが、そのテストでは、妊娠した社員ばかりが『産休切り』されるような職場でした。私は運よく、妊娠しても働き続けることができたのですが、低賃金で収入は<月の手取り16万円だけ>でした。
今は、手取りが月17万円。他にも手当がつきます。保育士確保のために、行政から家賃補助(※)が月に8万円つくのは、大きいですね。
夫からの養育費は期待していなかったのですが、今のところは月4万円払ってくれていて、行政からひとり親への手当が月3万円出るので、それらは貯金に回しています。
保育士の収入と、ひとり親手当だけの年収は、340万円ほどです。家賃補助(※)と養育費を合わせれば、全国の平均年収443万円に届きます。
(※編集部注:ここでいう家賃補助は「保育士宿舎借り上げ支援事業」を指しているため、原則として、保育士自身の収入ではない。)
私と子どもは、いろいろな世帯が一緒に暮らす『コレクティブハウス」』に住んでいます。個々の部屋のほか、リビングやキッチンなどの共有スペースがあります。昔ながらのご近所さんがいる感じで暮らしやすく、よそに引っ越すなんて考えられません。
私たち親子の部屋は狭くても、家賃が月10万円ほどかかります。ですが、家賃補助の8万円があるから住むことができています。
この家賃補助は、待機児童対策の一環として、保育士確保のために国が始めたんですよね。
『保育士宿舎借り上げ支援事業』といって、保育園の事業者が社宅としてアパートやマンションを契約し、一定の条件を満たす保育士に、最大で月8万2000円の家賃が、国・区市町村・事業者から補助されるようになったので、本当にありがたいです。
コレクティブハウスでは、大人同士、ママやパパ同士が、ちょっと立ち話をして愚痴を言ったりできる関係があって、それだけで、とても気が楽になるんです。日頃から、私が病気になるとご飯を差し入れしてくれたりして助けてくれるので、子どもにとっても安心です。子育てがうまくいかないときも、支えになっています。
子どもが小学1年生のころは、何の問題もなく学校に行き、学童保育にも通っていましたが、2年生から学童保育に行かなくなりました。そして次第に登校拒否するようになって、正直、焦りました。
学校が辛いなら行かなくていい。そう頭では理解していても、いざ自分の子どもが不登校になるかと思うと、『コラーッ! 行きなさい!』と𠮟ってしまう。毎朝、子どもはお腹が痛いと言うけれど、学校を休んだとたんに元気になるからイライラしてしまって、感情が抑えられなくなって。
ちょっと子どもから離れて『家出したいな』なんて思うことがありました。そういうとき、コレクティブハウスだと、同じ建物のなかで家出ができるんです。子どもを誰かが見ていてくれるから、ゲストルームに引きこもって一人の時間を持てたり、大人同士であれこれ話せる時間を持てるんです。それで気持ちが落ち着いて、また、『ああ、やっぱり子どもはかわいい』と思えるんですよね。
子どもは今もたまに学校を休んでいます。『学校がつまらない』『友だちがいない』『先生が嫌だ』と言っています。今もついついカッとなることもありますが、周りに支えてくれる人がいるからこそ『子どもが健康でいてくれればいいか』と、思えるようになりました。
もう、コレクティブハウスなしの生活は考えられないけれど、家賃補助がなくなったら、引っ越しをしないといけません。私の給与では、食べていくだけならなんとかなるとは思いますが、住む環境を変えなければいけない。それが子育てで一番の不安です」
ブラックだけじゃない…「ホワイト」な環境の保育園でも低い賃金
【解説】約10年前、安倍晋三政権下で待機児童対策が国の目玉政策になり、保育士確保が命題となった。「保育士宿舎借り上げ支援事業」は現在、対象者を縮小する傾向にあり、保育士も事業者も戦々恐々としている。
そもそも全産業と比べ保育士の賃金が月10万円低いことから、安倍政権下で国を挙げての処遇改善が実施された。この10年で、年に約53万円から149万円の賃上げが図られた。さらに岸田文雄政権でも、2022年2月から月9000円(年換算で10万8000円)の賃上げが行われたが、思うように実際の賃金は上がらない。
それには、構造上の問題がある。
そもそも保育士の賃金を含む運営費は、「園児数に対する保育士の最低配置基準」に沿って計算されて、保育園に支払われる。そのことから、配置基準より多く保育士を雇うと、一人当たりの賃金が低くなる問題がある。
保育士の配置基準は、戦後まもなく決められたまま、大きく変わっていない。それでは不十分だと、保育園一ヵ所当たり平均3~4人の保育士を多く雇っているのが現状だ(内閣府調査)。
そのため、事業者が処遇改善に努める「ホワイト」な環境の保育園で働いていても、保育士に配分される賃金は、一般企業に比べて、低くなってしまう現象が起きるのだ。