加茂水族館名誉館長・ 村上氏なくして世界一の「クラゲ水族館」は誕生しなかった!

吉川英治文化賞・村上龍男さんが語る 加茂水族館が「クラゲ水族館」と呼ばれるまで 〜前編〜

加茂水族館名誉館長:村上 龍男

村上さんは最前列の左から2人目。27歳、館長就任のとき。  写真提供:村上龍男

──受賞スピーチでも、「波乱の歴史です」と振り返っておられましたね。

村上さん:館長になってからは、飼育スタッフを一人採用して、私は営業に専念しました。旅館を回ったり、老人クラブを勧誘したり、幼稚園や保育園、観光関係の業者を回ったりと、外回りの仕事をやるように。

隣県に立派な水族館ができたのだから、こちらも何か魅力があるものを作っていかなければならないという状況でしたが、水族館を買い取った会社はホテルも運営していたので、水族館の稼ぎをすべてそっちに持っていかれてしまっていて……。

このころの私は、「このままじゃいけない」、「なんとかしなければ」と常に焦っていて、精神的に追い詰められていました。

「これでは自分がダメになる」と思い、「ときが来るまでは逆らわず、今までどおりのことをやろう」と気持ちを切り替えたら、噓みたいにラクになりました。そして余ったエネルギーは、好きな釣りに注ぎ込んでいましたね(笑)。

あのまま突き進んでいたら、取り返しのつかないほど、心や体を壊してしまっていたかもしれません。釣りという趣味があって本当によかったと思っています。

村上さん30歳ころの館長時代。  写真提供:村上龍男

倒産を覚悟した年に訪れたクラゲとの出会い

村上さん:水族館の運営が厳しくなってきたころ、上の人間から当時の水族館の年間売上額と同じぐらいの借金を個人的に背負わされ、さらに数年後、水族館の代表権を担うよう言われました。もしダメになれば、私名義のものはすべて失うという立場になったわけです。

その彼から、「ほかの水族館の珊瑚の展示が素晴らしかったから」、という理由で「珊瑚の展示をやれ」と言われました。これは’97年のときです。

しかし予算も何もくれないので、たいしたことはできません。東京に珊瑚を扱う業者がいたので、そこから購入して、小さな展示をやったんです。

──’97年というと、村上さんがいよいよ水族館の倒産を覚悟した年ですね。

村上さん:そうです。水族館は年間12~13万人ぐらいお客さんが来てくれればなんとか経営していけたのですが、この年は9万人と入館者数が最低のときで。施設もあちこちで雨漏りをしているけれど、修理するお金がない。スタッフにボーナスもろくに払えない。そんな状況でした。

旧館の雨漏りに対応する村上さん。  写真提供:村上龍男

村上さん:そんな中で行った珊瑚の展示中、水槽の中で見たこともない小さな生物が数十匹、泳ぎ出したんです。最初は職員の誰も、それがクラゲだとは分かりませんでした。

それをタモですくって水槽に移し、育てたのが当時飼育員だった奥泉和也(おくいずみ・かずや)です(※現在、加茂水族館館長)。2ヵ月後、傘の径が30~50㎜に育ち、あちこちの水族館に問い合わせたところ、「それはサカサクラゲだ」と言われました。

これを展示したら、お客さんが声を上げて喜んでくれてね。それで「こんなに喜んでもらえるなら、クラゲをもっと展示しよう」とクラゲ販売店から買ったり、加茂海岸で採集したりしたクラゲを展示しました。

初めてのクラゲ展示。当時は手作りの展示水槽だった。  写真提供:村上龍男

──ここから、加茂水族館の“クラゲ水族館”としての歩みが始まったのですね。

村上さん:当時、江ノ島水族館のクラゲ展示が国内で群を抜いて素晴らしく、世界中からも学びに来ていました。私も「いずれは、クラゲ展示をやりたいものだな」と思っていたものの、「自分たちの手には負えないだろう」とも思っていました。

ところが、ひょんなことからサカサクラゲが出てきてくれた。実はサカサクラゲというのは、飼育も繁殖も比較的容易なクラゲだったのですが、我々は「クラゲというのは、案外簡単なんだ」と勘違いしてしまったんです。

サカサクラゲ。  写真提供:村上龍男

村上さん:クラゲというのは生態がよく分かっていない部分も多く、飼育や繁殖の方法はまちまちで、非常に高いスキルがないと、展示の維持が難しいものなんです。しかし、ほかの何をやってもダメで、唯一うまくいったのがこのサカサクラゲだった。だから、「ウチはもう、これに賭けるしかない」と思いましたね。

───◆─◆─◆───

加茂水族館にとって一縷の希望となった、クラゲの展示。ここから、世界に類を見ないクラゲ展示を目指して試行錯誤の日々が始まります。
インタビュー後編へ続く。

写真/椎野充(授賞式)
取材・文/木下千寿

後編の記事を読む。

吉川英治文化賞とは

公益財団法人・吉川英治国民文化振興会が主催する〈吉川英治賞〉のなかで、日本の文化活動に著しく貢献した人物、並びにグループに対して贈呈されるのが文化賞。他に、吉川英治文学賞、吉川英治文学新人賞、吉川英治文庫賞がある。

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むらかみ たつお

村上 龍男

加茂水族館名誉館長

1939年、東京都生まれ。山形県東田川郡羽黒町(現・鶴岡市)で育つ。'63年、山形大学農学部を卒業。一般企業勤務を経て、'66年、鶴岡市立加茂水族館に勤務。翌67年、館長となる。 '97年、珊瑚の展示水槽から偶発的に生まれたサカサクラゲを皮切りに、クラゲの飼育や繁殖に注力。2012年には加茂水族館で飼育するクラゲの種類が世界最多としてギネスブックに認定された。 現在、加茂水族館名誉館長。

1939年、東京都生まれ。山形県東田川郡羽黒町(現・鶴岡市)で育つ。'63年、山形大学農学部を卒業。一般企業勤務を経て、'66年、鶴岡市立加茂水族館に勤務。翌67年、館長となる。 '97年、珊瑚の展示水槽から偶発的に生まれたサカサクラゲを皮切りに、クラゲの飼育や繁殖に注力。2012年には加茂水族館で飼育するクラゲの種類が世界最多としてギネスブックに認定された。 現在、加茂水族館名誉館長。

きのした ちず

木下 千寿

ライター

福岡県出身。大学卒業後、情報誌の編集アシスタントを経てフリーとなる。各種インタビューを中心に、ドラマや映画、舞台などのエンターテイメント、ライフスタイルをテーマに広く執筆。趣味は舞台鑑賞。

福岡県出身。大学卒業後、情報誌の編集アシスタントを経てフリーとなる。各種インタビューを中心に、ドラマや映画、舞台などのエンターテイメント、ライフスタイルをテーマに広く執筆。趣味は舞台鑑賞。