子育ては大変だから支援【妊娠・出産の費用をゼロ】にしたフランス

フランスに学ぶ、子育て安心社会のレシピ#3 女性の健康と権利

在仏ライター:髙崎 順子

性や生殖にまつわる選択は、女性が自分で決める――。

フランス社会での、妊娠・出産支援制度と、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)をもとにした取り組みを、在仏ライターの髙崎順子氏が紹介。

フランスの実情に加えて、日本社会が抱える問題点や、日本での新たな取り組みも紹介し、「子育て安心社会のレシピ(=秘訣)」として解説します。

読者のみなさん、こんにちは。

フランスで子育て中の筆者が、日本の子育て環境をより良くするヒントを探って考えるこちらの連載。第1回では、フランス社会では「子育ては大変」「だから社会が支援する」との認識が共有されていると書きました。

第2回では、その大変な子育ての一番の当事者である親を支援することについて、日仏の実例を挙げて考えています。

この連載にあたり、私自身のフランスでの、12年間の子育ての記録と記憶を振り返りました。

「これがあったから、子育てで詰まなかった」と強く感じた出来事を書き出す作業をしたのです。

第3回は、その振り返りのメモの中、一番最初の項目について書こうと思います。

それは「妊娠・出産にお金がかからなかった」ということです。

子育てには何かとお金がかかりがち。「妊娠・出産の費用をゼロ」にしたフランスの取り組みとは?(提供:アフロ)
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妊婦健診と出産に自己負担がない

フランスの医療は、日本と似た国民医療保険で支えられています。納税する人は医療保険料を払い、国が定める医療行為は自己負担30%で受けられるのが原則です。

ですがこのシステムのうち、妊娠・出産関係は例外扱いをされています。妊娠確定直後の申請時から産後12日目まで、妊娠の安全な経過のために必要とされる健診や検査を「産む人の自己負担ゼロ」で受けられように、制度を作っているのです。(出典:Femme enceinte : prise en charge à 100 % (Assurance maladie)

国の援助で妊娠・出産の不安が軽減されるフランス(写真:アフロ)

医療保険の範囲外の診療(妊婦の希望による追加のエコーなど)や、産婦人科医が個人経営する診療所・私立病院では、自己負担が発生する場合もあります。

が、全国の公立病院や医療保険範囲内での診療を行うと標榜している施設では、国がそこに医療費を直接払うので、妊婦本人には支払いは発生しない仕組みです。

そして妊娠6ヵ月目(日本の数え方では7ヵ月目)以降は、妊娠以外の理由でかかる医療費・薬剤費・検査費・入院費も「自己負担ゼロ」、国が全額を支援します。

「子育ては大変」「だから社会が支援する」の発想が、子どもが生まれる前の、妊娠時代から始まっているのです。

出産の後はお財布も出さなかった

私は日本で生まれ、25歳まで日本で暮らしていたので、妊娠出産には「お金がかかるもの」と思ってきました。

日本では出産費用支援のための「出産一時金」(42万円)が健康保険から助成されますが、多くの都道府県では、それ以上に数万円〜数十万円の自己負担があるのが一般的です。(出典:全国国民健康保険中央会「出産費用の都道府県別平均値

フランスでも、出産費用は何十万円もかかるのだろうか。健診だけでもどれくらいお金が要るのかな。妊娠中の医療費のために家計を見直さなければ……。制度をしっかり調べる前だったこともあり、第一子妊娠時の初回健診は、そんな不安な気持ちで向かいました。

診療後、先生に言われるまま保険証カードを渡し、支払額を待っていたら。先生はこんなふうに言ったのです。

「支払いはありません。これからは出産まで健診費が無料になるから、この申請書類を医療保険に送ってくださいね。妊娠おめでとう」

その時の驚きと安堵感は、強く心に刻まれて、今でも鮮明に思い出せます。
 
私は長男・次男を公立病院で産んだため、陣痛が来て入院してから退院して帰宅するまで、2回とも、お財布を一度も出しませんでした。

またどちらの出産でも、陣痛が来たあとに硬膜外麻酔をする無痛分娩で産むことができ、この麻酔費も、国の医療保険で全額カバーされています。

子どもを産むときの金銭的な不安も、出産時の肉体的な痛みも、国の援助で軽減される。この実感は、私が二人目の子どもを持ちたいと思った時、優しく背中を押してくれました。

子どもと親に重要な「はじめの1000日間」

フランス政府が妊娠出産支援に力を入れている理由は、2つあります。

1つ目は、妊娠中から出産までの女性の状態が、その後の親子関係にとって、その中で成長する子どもたちにとって、とても重要であると認められていることです。

その重要性は繰り返し分析・検証されており、近年では2020年の秋、妊娠から子の誕生後2年間を「はじめの1000日間」と位置づけた報告書が、マクロン大統領に提出されました。

報告書を作成したのは、神経精神医学者を座長とする精神医学・周産期医学・小児医学・心理学・教育学・保育学など専門家18人のチームです。約120ページに科学的知見や最新の研究結果がふんだんに盛り込まれ、タイトルはまさに「はじめの1000日間」と名付けられています。

「はじめの1000日間」作成チーム(出典:フランス保健・連帯省公式サイト)

報告書の提言パートでは、「子どもが生まれる時の環境の改善」に重点が置かれています。

妊娠出産の環境を整え、そこで妊婦たちが穏やかに過ごすことは、「その妊婦が出産後になる母親」「生まれた子ども」「その子が成長した暁の大人」の3者にとって有益であるーーそれが、いくつもの研究結果やデータから示されています。

前回の記事で取り上げた「父親休業」期間延長の法改正も、この報告書によって後押しされました。
(出典:フランス保健省「はじめの1000日間」

妊娠・出産の当事者への、負担を軽減する

フランス政府が妊娠・出産支援に力を入れるもう1つの理由は、妊娠・出産の当事者となる女性への「保健面での連帯」と言われています。

女性の体で生きていくことは、簡単なことではありません。妊娠・出産をめぐる痛みや苦しみは、女性の体だから経験せねばならない困難の代表例です。

また妊娠・出産をせずとも、毎月の月経は気力体力を疲弊させますし、社会生活を続けるためには生理用品を揃えたり、痛み止めを入手せねばなりません。

望まない妊娠に至ってしまった場合、産むにも妊娠を中断するにも、女性には大きな負担がかかります。それを防ぐための避妊術は医療の範疇なので、素人判断ではリスクがあり、医療従事者のサポートが必要です。

どの性別に生まれるかは、本人には選べない。日本では「ガチャ」という言葉が賛否両論で使われていますが、その「本人が選べないまま割り振られてしまった痛み・苦しみ」を社会で手助けしていく意志を、フランスでは「連帯」の名のもと実行しています。

性や生殖にまつわる選択は自分で決める

またフランスでは、性や生殖にまつわる選択は女性が自分自身で決めることを重視して、関連の制度を作っています。決断に伴って痛み・苦しみが発生するなら、それを軽減することも含めて。

そうして整えられた医療保険制度では、前述した妊娠出産医療の他、中絶医療も自己負担なしが原則です。緊急避妊薬やピルなどの医学的避妊法には、25歳未満の女性は自己負担ゼロ、25歳以上の成人は35%負担でアクセスできます。(出典:フランス政府行政情報サイト「避妊・中絶について」

またこの「保健面での連帯」という考え方から、フランスでは不妊治療も、医療保険の範囲でカバーされています。人工授精・体外受精の生殖補助医療は、年齢や回数に制限はあるものの、原則自己負担なしで可能です。(出典:フランス政府行政情報サイト「妊娠・不妊治療について」

安心して産めるフランスの妊娠・出産の環境は、その当事者である女性の心身の健康を、まるごと理解して支援する姿勢から作られているのです。

日本でも広がる、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)の意識

月経や妊娠・出産に関する女性の自己決定権と保健への意識は、ここ数年、日本でも前向きな動きを見せています。国際的な議論に合わせ、SRHR(性と生殖に関する健康と権利※)の用語が使われており、読者のみなさんも目にする機会が増えているのではないでしょうか。

詳しくお知りになりたい方には、京都大学内に設けられた専門研究ユニットの公式サイトが参考になるかと思います。(京都大学 学際融合教育研究推進センター) 

また世界保健機構WHOは、このSRHRをURL名とした専用サイト(英語)で情報発信をしています。(Sexual and Reproductive Health and Rights (SRHR)

2021年の日本ではこのSRHRに関して、大きな変化の兆しがいくつもありました。

たとえば「生理の貧困」

新型コロナ禍で生理用品へのアクセスが困難になった女性たちが社会問題化し、東京都や金沢市など、公共施設の女子トイレに無料の生理用品を常備する自治体が出てきています。
 
菅前首相の任期中には「不妊治療の医療保険対象化」が打ち出され、今年(2022年)からの施行を目指し、国と医療界との話し合いが進んでいます。(厚労省

最新の報道では、女性の満43歳まで・子ども一人につき6回までの不妊治療が保険対象化されるとありました。

中絶・避妊は日本ではなかなか制度改善が進まない分野ですが、それでも、緊急避妊薬の薬局入手を可能にするOTC化が議論されています。

また2021年12月には、体への負担を軽減できる服用式の中絶薬が、 イギリスの製薬会社より厚生労働省に承認申請されました。諸外国に遅れたものの、早ければ2022年内には認可される可能性があります(※)。
(※NHK「経口中絶薬」の使用 承認申請 国内初 手術伴わない選択肢

性・生殖の延長線上には子どもたちの人生がある

日本で女性の性と生殖に関する保健面への理解や支援が広がることを、私はとても嬉しく、心強く感じています。性・生殖の延長線上には子どもたちの人生があり、双方を大切に考えフォローする制度が、安心して子育てができる社会には欠かせないからです。

願わくばこのSRHRの尊重が、無痛分娩や妊娠出産医療費の無償化にも広がり、産む女性たちの不安や苦痛がさらに軽減されてほしい。SRHRを語り続けることで、少しずつでも、きっとそうしていけると信じて、今回の記事を終わろうと思います。

全3回の連載、いかがでしたでしょうか。日本を子育て安心社会にするために、少しでも何か参考になることをお伝えできていたら幸いです。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました! 

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#1・社会の意識
担任が生徒と給食を食べないフランス「子どもに関わる大人を増やす」極意

#2・親支援の制度
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#3・女性の健康と権利
子育ては大変だから支援【妊娠・出産の費用をゼロ】にしたフランス
↑今回はココ

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たかさき じゅんこ

髙崎 順子

Junko Takasaki
ライター

1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。

1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。