
「物語に込めた優しさを忘れない」児童文学作家・長崎夏海さんに贈る温かい追悼のメッセージ
児童文学作家・松原秀行さんが長崎夏海さんに贈る温かな追悼のメッセージをお届けします
2025.03.28

繊細で温かな物語を紡ぎ、多くの読者の心を捉えてきた児童文学作家・長崎夏海さんが、63歳で生涯を閉じました。
2000年に『トゥインクル』で第40回日本児童文学者協会賞を受賞し、その後、『クリオネのしっぽ』で第30回坪田譲治文学賞を受賞した長崎さんは、長年にわたり児童文学界に貢献し、最後の著作となった『夢で見た庭』まで、精力的に創作を続けました。長崎さんの作品は、世代を超えて多くの人の心に深く響き、児童文学の世界に大きな足跡を残しました。
突然の訃報に、多くの関係者や読者が深い悲しみを寄せています。今回は、生前親交の深かった児童文学作家・松原秀行さんより、長崎さんへの想いを込めた追悼のメッセージをいただきました。
長崎さんとともに児童文学を支えてきた松原さんが綴る、あたたかな言葉をお届けします。

松原秀行さん
1979年、福音館書店の月刊誌「子どもの館」に長編ファンタジー「竜太と青い薔薇」を連載開始。1983年、これを大幅改稿して単行本デビューする。その後雑誌ライターをつとめるいっぽうで児童書を書き続ける。1995年、講談社青い鳥文庫より長編ミステリー「パスワードは、ひ・み・つ」を刊行。以後「パスワードシリーズ」の名で32巻プラスnew番6冊を刊行して現在に至る。
児童文学作家・松原秀行さんによる追悼メッセージ

長崎夏海さん、ううん、いつものように「夏海ちゃん」と呼ばせてもらいますね。……
まさかこのぼくが夏海ちゃんの追悼文を書くことになるなんて、思ってもみませんでした。1月はじめに訃報が届いたとき、そしていまこうしてパソコンのキーボードをたたいていながらもなお、信じられない気持ちのままでいます。
夏海ちゃんと出会ったのは、1980年代はじめの初夏のころ、高田馬場にある「児童文学専門学院」の教室ででした。そのときのぼくは、福音館書店が刊行する児童文学雑誌「こどもの館」に、デビュー2作目の長編「竜太と灰の女王」を連載スタートしたばかりで、まだ単行本も出していないヒヨっ子作家でした。
それがどういういきさつでか、当時事務局に籍を置かれていた作家の堀直子さんに招かれて、作品合評の講座を担当することになったのです。生徒たちみんなが書きあげた数枚~十数枚ほどの作品を、事前にしっかり読み込んでおく。そのうえで授業のときにクラス全員で意見・感想を述べ合う。おしまいに、ぼくが作家の立場から論評する、という内容でした。
当然ながら、生徒たちは児童文学大好きピープルぞろい。「将来は児童書作家に!」という人も少なからずいて、それだけにどれも熱のこもった作品ばかりでしたが、そうは……いっても、やはり、ストーリー展開に乏しかったり、文章自体もつたないものが目立ちます。
いや、この段階で、完成度の高い作品を求めるのは酷というものだろう。それはわかっているんだけれど、しかしそれにしても、もうちょい、なんとかならないものかなあ……1編、2編、3編、4編と読み進めていくうち、ぼくは正直、疲れてきました。
おやっ、これは?
「黒い叫び」というタイトルのその作品があらわれたのは、小一時間ほどたって全編の半分ぐらいを読み終えたころでした。
舞台は動物園。主人公は2頭のライオン。という設定の物語は、他の生徒たちが書くようなフツーの作品──小・中学生が登場人物で、学校が基本ステージとなるストーリーとは、はっきり一線を画していました。
こんな話です──。
とある動物園で、1頭の年老いたライオンが飼育されていた。黙っていれば餌がもらえる快適な生活に、老いたライオンは満足しきっていた。そんなある日、若いライオンが檻に連れられてくる。だが若いライオンは檻での暮らしに我慢ならず、自由を求めてついに脱走してしまう。そうと知った老いたライオンは、「なんてバカな奴だ。この楽な暮らしを自分から捨ててしまうとは」とあざ笑う。だがその一方で心の底になにやら、黒いわだかまりが蓄積していくのを抑えられない気持ちになるのだった──。
つい長くなってしまったけれど、心の自由さと豊かさとをいつも追い求める姿勢──そう、いわば「長崎夏海ワールド」とでもいうべき世界観が、デビュー作からはっきり提示されていると、あらためてそう思います。
話を戻しますね。
こんな味わい深くて、哲学的な物語を書いた作者はいったいどんな人なんだろう? ご本人に会える日が、ぼくは楽しみでなりませんでした。そして。その日、教室にあらわれたのが、キラキラ輝く19歳の少女・夏海ちゃんだったわけです。
授業のあとは、喫茶店だか居酒屋だかにみんなして移動。児童文学全般に関していろいろしゃべったような気がします。内容は全然覚えていないけれども。
で、それから。
夏海ちゃんは、倉本聰氏が主催する富良野塾に入って、北海道に転居したんですよね。そのあたりのいきさつはぼくはまったく知らなくて、ここで書けることはなにもありません。ただ、「ここぞ!」というときの夏海ちゃんの決断力と行動力に、ほとほと感心したことだけはよく覚えています。
ここで時間はひゅーんと21世紀まで飛んで、ウェディングパーティーの話です。すでに東京に戻っていた夏海ちゃんは、パートナーのヒロくんとご結婚され、新宿でウェディングパーティーを実施。会場は新宿御苑前にある猫のいる喫茶店でした。
このときぼくは、恐れ多くも神父役で参加させていただきました。といっても服装はシルクハットに黒マントだったから、とんでもない「偽神父」だったけれど、なんて話は……どうでもよくて。
このころの夏海ちゃんは、2000年に「トゥインクル」で日本児童文学者協会賞を受賞されており、児童文学作家としての大きなステップをすでに踏み出していました。そこへもってきて、生涯の伴侶を得たことでいっそう充実した日々も約束され、創作の励みになったことはまちがいないでしょう。

実際、その後も、「あらしのよるのばんごはん」「レイナが島にやってきた」「ライム」などの名作をつぎつぎと刊行、いや、待て……よ、「レイナ」はもっとあとだったかな。 少し記憶が混乱してるようだけど、まあ、そ……れはともかく。夏海ちゃんはこうして、子どもたちだけでなく、ぼくのような大人の読者も大いに楽しませてくれたのでした。


あ、そうそう、だいじなことを書き忘れていたっけ。無類の猫好きの夏海ちゃんは、家で何匹も猫を飼っていました。猫好きじゃ引けを取らないぼくは、いちど遊びに行ったとき、超かわいいニャンコ「ぐりこ」とご対面して狂喜乱舞。ヒロくんとふたりで缶ビールをあおりつつ、それこそ「猫っ可愛いがり」したのが忘れられません。
そして再び、時計の針は大きく進んで。夏海ちゃんの日々の暮らしにまたまた、大きな変化がおとずれます。
具体的な年月日は覚えていないのですが、夏海ちゃんはヒロくんともども、鹿児島県は沖永良部島に移住。こんどは灼熱の島での暮らしを選んだのだから、もうビックリです。ぼくなんかにはとてもとてもマネできないエネルギーだよなあと、感心することしきりでしたね。
あ、そうだ、これは余談なんだけれども。いちど「おきのえらぶじま」を誤って、「おきえらぶじま」で漢字変換したことがありました。そうしたら出てきた文字が、なんと「お消えラブ島」。いやあ、もう大ウケでしたね。閑話休題──。
さて。そうと聞いたとき、ぼくは決心していました。よーし、決めた。ぼくもいつかかならず、島に遊びに行こう。そしてみんなで泡盛をあおって、南十字星をながめて、猫たちをかまって、楽しく宴会しようと。
でも。それはとうとう実現することなく、終わってしまいました。かえすがえすも無念でなりません。
あっと、いけないいけない。思い出話にふけるあまり、かんじんの夏海ちゃんの本に触れるのを忘れていました。ここでは最新刊の2冊について書こうと思います。
まずは坪田譲治文学賞を受賞した「クリオネのしっぽ」。
この本に関しては忘れられないエピソードがあります。ただし作品の内容じゃなくて、授賞式の話です。授賞式はいつも、坪田氏の故郷・岡山県の会場と、東京会場の2ヵ所で開催されています。ぼくは東京での式に呼ばれ、出向いていきました。スピーチを依頼されたのです。じつはしゃべるのはあんまり得意なほうじゃなくて、かなり緊張しつつ役目を果たし終えたのですが、それよりなにより、夏海ちゃんの晴れ姿を間近で見ることができてうれしかったなあ。

つぎに、最新刊の「夢で見た庭」。なんというか、静謐な物語ですね。静かで、流れるような文章の合間から、少女たち──唯・美羽・サッチの息吹や思いがしみじみ伝わってくる。たとえばこんな一節──。
世界は丸く緑色だった。/まるで透き通った大きな緑色のビー玉にすっぽりとおさまっているかのようだ。/目の前には、草原が広がっている。/(中略)なつかしい歌が遠くから響く。心配ごとはなに一つなく、悲しみも怒りもない。おだやかでしずかな永遠の庭。/(中略)花びらがはらはらと舞い、世界を祝福している。/私は世界に守られて眠っている。(……p18~19)〉
唯のモノローグです。なんだか心が吸い込まれていくような気持ちになりませんか。この本には夏海ちゃんならではの、こんな文章がびっしり詰め込まれています。みんなにもぜひ一読してもらって、ふんわりとやさしくて、暖かくて、思わず泣きたくなるような「長崎夏海ワールド」を味わってほしい。心からそう願っています。

夏海ちゃん。
本当はこのこと、ぼくの口からじかに伝えたかった。そしてどんなふうに反応してくれるか、この目で確かめてみたかった。でも。それはもう、できない相談なんですよね。どうか、安らかに眠ってください。いま、ぼくにいえる言葉は、それだけです。
さよなら、夏海ちゃん。
2025年3月3日
松原秀行
児童図書編集チーム
講談社 児童図書編集チームです。 子ども向けの絵本、童話から書籍まで、幅広い年齢層、多岐にわたる内容で、「おもしろくてタメになる」書籍を刊行中! Twitter :@Kodansha_jidou YA! EntertainmentのTwitter :@KODANSHA_YA_PR
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