娘は極低出生体重児 老舗旅館の若女将の「子育て」と「姑」女将から引き継ぐ「おもてなしの心」とは?

「四万やまぐち館」(群馬県四万温泉)の若女将と娘をつないだ『保健室経由、かねやま本館。』

山口 真央

四万やまぐち館の外観。四万川に沿って建つ旅館は、四季折々の景色が楽しめる。  提供:四万やまぐち館
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行った人が「誰にも教えたくない」と、独り占めしたくなる温泉があります。群馬県吾妻郡にある四万温泉。そのなかでも「四万やまぐち館」は、江戸時代初期に創業され、300年以上の歴史を誇る老舗旅館です。

旅館の目玉である「お題目大露天風呂」は、自然豊かな渓流の景色を眺めながら、やわらかい四万のお湯が楽しめます。また、女将である田村久美子さんの紙芝居は情緒があり、子どもだけでなく、大人をも魅了します。

温泉好きの編集Aも「四万やまぐち館」のホスピタリティを満喫したひとり。あまりに感動した編集Aは、「四万やまぐち館」で働く若女将のインタビューを決行しました。

サービス精神にあふれた、旅館のなかでスタッフはどう動いている? 若女将と女将の関係は? また温泉で癒やされる中学生を描いた『保健室経由、かねやま本館。』への、若女将の感想も、教えていただきました!

話をする人

田村彩乃
群馬県にある四万やまぐち館の若女将。四万やまぐち館に嫁いで14年になる。

編集A
児童図書に携わる編集者。中学校の保健室が温泉宿につながり、中学生の心を癒やす物語『保健室経由、かねやま本館。』の担当。大の温泉好き。

なかば強引な結婚はいま思えば「正解」だった

編集A:このたびは、インタビューの機会をいただき、ありがとうございます。『保健室経由、かねやま本館。』という温泉旅館が鍵となる物語の担当をしていて、旅館のスタッフさんの働き方に興味があります。

彩乃:興味を持っていただき、うれしいです。私たちの働く四万やまぐち館では、ほかの会社さんのように部署を設定しています。「ルームさん」と呼ばれる仲居さんの部署、清掃の部署、お風呂専門の部署、調理の部署など、さまざまです。

ルームさんはお客様がチェックインしてからの時間が、お部屋とお風呂の清掃の部署は、お客様がチェックアウトをしてからチェックインするまでの時間が、いちばん忙しい時間帯です。夜になると、旅館を守るためにナイトフロントの仕事があります。

旅館は24時間365日、休みなしに動いています。大変なぶん、やりがいも大きい仕事です。スタッフは10代から70代の方までいて、家族のようですね。10代の子には「なにかあればいつでも相談してね」と伝えています。従業員の半数以上は、旅館が持っている寮に住んでいます。

主人と私は旅館の代表という立場ですが、できる限りいろいろな部署にも手伝いに行くことにしています。現場で働くことが、スタッフと近い存在になれるのかなと。お布団も敷きますし、食器洗いをするために料理の洗い場に入ったり、売店に入ったりもします。

編集A:それでご主人が売店にいらっしゃったのですね! 私は素敵だなと思った温泉旅館に『保健室経由、かねやま本館。』をお渡ししているのですが、売店の方にお話したら代表の方だということで驚きました。

彩乃:そうそう! 主人から「出版社の人がきて、これを預かったよ。読んでみたらどう?」と手渡されたのが、『保健室経由、かねやま本館。』でした。最初は子ども向けの内容なのかと思っていましたが、全然違いますね。物語に登場する中学生たちの苦い思いに触れ、自分の中学時代がよみがえるようでした

どんな問題も、自分自身をきちんと見直さなければ解決に向かわないという、人生の核心が描かれているところも素晴らしいです。もし中学生のときに、この作品に出会っていたら。そう感じずにはいられません。

四万やまぐち館の若女将の田村彩乃さん(左)と、女将の田村久美子さん(右)。  提供:四万やまぐち館

編集A:彩乃さんは若女将ですが、家族構成を教えていただけますか。

彩乃主人が四万やまぐち館の代表で、子どもがふたりいます。義母が旅館の女将、義父が会長です。子どもは14歳の娘と、11歳の息子がいます。

編集A:つまり旅館のお嫁さんに入ったということですね。老舗旅館の跡取りと結婚することに、抵抗はなかったですか。

彩乃:主人の人柄に惹かれてお付き合いをはじめて、気づいたら若女将になっていたので、あまり気負わなかったかもしれません。というのも義父と義母が私を気に入ってくれて私の父に直接プロポーズをしてしまったんです。やや強引でしたが、義母である女将とはいっしょに東京に遊びに行くほど仲良しですし、2人の子どもにも恵まれて、今は主人と結婚して正解だったなと思います。

編集A:結婚は急に決まったのですね! 女将の田村久美子さんは、テレビCMなどメディアにも出演される名物女将です。宿泊したときも、女将の紙芝居を楽しませていただきました。

彩乃:女将は『保健室経由、かねやま本館。』に出てくる、小夜子さんのような人。女将の紙芝居は、30年以上続けております。とっても華のある人で、お客様が女将とお話すると、表情が明るくなるんです。女将は四万やまぐち館を「お客様のふるさとのように思ってほしい」とつねづね申しております。お客様の立場で物事を考える姿は、引き継いでいかなければいけないと、いつも勉強しています。

編集A:彩乃さんは、女将のことを尊敬していらっしゃるのですね。

四万やまぐち館の女将、田村久美子さん。  提供:四万やまぐち館
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