年収443万「普通の生活」が厳しい…本当に必要な少子化対策とは

「2人目なんて考えられない」沈む中間層のリアル

ジャーナリスト:小林 美希

ケース2 神奈川県に住む鈴木知恵さん(仮名、39歳)

「2歳の娘が保育園で他の年齢の子と遊んでいるのを見ると、微笑ましいんですよね。うちの子にも妹か弟がいたら良いなとは思うのですが、今でさえ大変なのに、2人目なんて考えられないんです。

同世代の夫は飲食店で働いているので、毎日深夜帰り。責任ある立場なので土日も出勤です。事務職で時間の調整に融通が効く私がワンオペ育児です。

娘は朝ごはんをなかなか食べないし、着替えさせるのも一苦労。登園を嫌がることも多いので、朝は戦闘モードです。

保育園で泣いても先生に無理やり預けて駅までダッシュしてギリギリセーフ。なるべく残業しないよう仕事に集中して、お迎えにダッシュ。

帰宅して、娘が危ないことをしていないか気をつけながら夕食の準備をして食べさせ、お風呂に入れて、寝かしつけて。私もバタンキューです。

日本の場合、夫の家事・育児時間が海外と比べてとても短いですよね。こんなんで、もう一人産んで一人で育てるなんて、考えられないです。」

仕事をしながらのワンオペ育児。もう一人産んで一人で育てるなんて、考えられない(写真:アフロ)

「そのうえ電気代は高くなるし、食品の値段も上がっていますし。夫と私の収入を合わせれば、世帯年収は1000万円くらいありますが、生活はキツイです。

なるべく節約のために手作りの食事をとは思いますが、いつも時間に追われています。惣菜を買ったりすると、あっという間に財布からお札が減っていく。夫はあてにならないし、毎日疲れきって時間がないからお金で解決、という場面は少なくないんです。

娘が風邪をひけば、すぐに有給休暇は使い果たします。私の体調が悪くなれば子どもの世話ができないので、遠方に住む親に助けにきてもらう交通費もかかる。子育ての二次的な費用というのでしょうか、保育料以外にもかかる費用があるのです。

そして、いったいいくら学費がかかるのか。

周囲には小学校や中学からの受験に熱心な人もいますが、経済的なことを考えたら、やっぱり2人目は無理です。児童手当に予算をかけるなら、公立の小中学校の質を上げて、大学の学費の高さをなんとかしてほしいです」

節約をするのにも時間的余裕がなく、あっという間に財布からお札が減っていく。今後の学費も大きな悩みのタネだ。(写真:アフロ)

「そもそも、保育園も先生が大変そう。最近は保育士が園児を虐待するニュースも増えていて、保育の質をあげるための予算を増やすべきです。保育園や学校がしっかりしていなければ、安心して働いていられません。

年齢的にも2人目を産むのは厳しいです。40代の出産も珍しくなくなって、厚生労働省の統計だと2021年に約81万人が生まれていて、そのうち、母親の年齢が40代は約5万人だったということですけど、私は気力も体力も限界です。

これからは親の介護の問題も心配です。80代前半の義父が歩けなくなり義母がみているのですが、その義母も高齢です。私の実家の両親も70代後半で、いつ何があるか分からない。

夫だって40代だからといって安心してはいられません。長時間労働で深夜まで働くことが多いので、健康リスクがあると思うのです。

2人目を望むのであれば、夫が家事や育児の時間がとれるようになることが絶対に必要です。国に望むことは、教育費負担の軽減です。そして、近いうちに訪れるかもしれない育児と親の介護の両立に備えて、介護問題にも目を向けてほしいです」

最も必要なのは「賃上げ」

【解説】このように、政府の政策と子育て世代が望むことには大きな開きがある。少子化対策の目玉となりそうな児童手当について政治家は、「ここまで注目されてしまっては、児童手当を拡充できないとは言いにくい」というムードだ。

官僚の側からは「児童手当にばかり膨大な予算が吸い取られてしまっては、本来やるべき子育て支援政策がほとんどできない。何が異次元の少子化対策だ」という怒りの声まで聞こえている。

今、政治家の頭のなかにあるのは、4月に行われる統一地方選挙だ。選挙を前に、いかにして人気をとるか。児童手当の拡充は選挙前の「ばら撒き」に過ぎない。

中間層が沈みつつある今、最も必要なのは「賃上げ」政策だろう。そのうえで、安心して働くことができるよう、保育や教育の質を上げる手立てを打つことが先決だ。

そして、出産年齢が上昇していることを考え、介護制度の抜本改革も忘れてはならない。

内閣府の調査によれば、育児と介護のダブルケアの推計が25万3000人とされている(「育児と介護のダブルケアの実態に関する調査」2016年4月)。

現在、より多くの人がダブルケアしていると見られる。家族に介護を要したとき、本人の介護度で介護サービスが使える今の制度に加えて、保育園のように家族が働いていれば利用できるなどの制度変更が課題となるだろう。

連載の第2回では女性の非正規雇用問題、第3回で仕事と育児の両立ができない日本社会の現実から少子化の原因と対策を考える。

【連載の2回目3回目記事は2023年3月上旬に公開予定】

【参考・引用】
2021 年社会保障・人口問題基本調査 <結婚と出産に関する全国調査>(国立社会保障・人口問題研究所)  
令和3年(2021)人口動態統計 母の年齢(5歳階級)・出生順位別にみた出生数(厚生労働省)
育児と介護のダブルケアの実態に関する調査報告書(男女共同参画局)

年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活
27 件
こばやし みき

小林 美希

Miki Kobayashi
ジャーナリスト

1975年茨城県生まれ。水戸第一高校、神戸大学法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年よりフリーのジャーナリスト。就職氷河期の雇用、結婚、出産・育児と就業継続などの問題を中心に活躍。2013年、「「子供を産ませない社会」の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。著書に『ルポ 正社員になりたい』(影書房、2007年、日本労働ペンクラブ賞受賞)、『ルポ 保育崩壊』『ルポ 看護の質』(岩波書店)、『ルポ 産ませない社会』(河出書房新社)、『ルポ 母子家庭』(筑摩書房)、『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)、『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』(講談社)など多数。

1975年茨城県生まれ。水戸第一高校、神戸大学法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年よりフリーのジャーナリスト。就職氷河期の雇用、結婚、出産・育児と就業継続などの問題を中心に活躍。2013年、「「子供を産ませない社会」の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。著書に『ルポ 正社員になりたい』(影書房、2007年、日本労働ペンクラブ賞受賞)、『ルポ 保育崩壊』『ルポ 看護の質』(岩波書店)、『ルポ 産ませない社会』(河出書房新社)、『ルポ 母子家庭』(筑摩書房)、『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)、『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』(講談社)など多数。