平均年収443万円の日本で、本当に必要な少子化対策とは? 雇用・結婚・出産・育児問題に詳しいジャーナリストの小林美希氏が、取材から見えてきた子育て世代のリアルを解説(全3回)。1回目では、夫婦がともに平均年収でも「普通の生活」が厳しいケースを紹介し、「沈む中間層」問題をあぶり出す。
【小林美希(こばやしみき)1975年生まれ。就職氷河期の雇用、結婚、出産・育児と就業継続などの問題を中心に活躍。2013年「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』など著書多数】
「異次元の少子化対策」は期待できる?
年間の出生数が80万人を割り込む見通しとなり、慌てた岸田文雄政権は「異次元の少子化対策」を掲げた。
①児童手当などの経済的支援の強化、②産後ケア、保育などの支援の拡充、③働き方改革──が3本柱となるが、議論の中心は児童手当の所得制限を撤廃するのかどうかということばかり。
そうしたなか、「たとえ児童手当が拡充されて、月に1万円程度の収入が増えたところで、出産しよう、2人目・3人目を産もうとは思えない」という声が聞こえる。
それもそのはず。仮に夫と妻それぞれに平均年収があっても、思いのほか家計は苦しい。
全国の平均年収は443万円(国税庁「民間給与実態調査」2021年)だが、この30年もの間、日本の賃金は横ばい状態で、働き盛りの男性の収入はむしろ減っている。
たとえば30~34歳の男性の年収を見ると、金融不安が起こった1997年の約513万円から、2021年は約472万円に減少。そこへ円安と物価高によって可処分所得が減少している。
平均年収を得ていたとしても中間層が沈みつつあり、いわゆる“普通”の生活が難しくなるなかでは、たとえ子どもを望んだとしても、叶わない現実もある。2人の女性のケースを見てみよう。
ケース1:都内に住む大森陽子さん(仮名、33歳)
「私と夫は結婚当初、子どもが2人くらいいて、戸建か分譲マンションを買う。それがごく普通の望みだと思っていましたが、予想外にハードルが高そうです。
夫は7歳上なので、そろそろ『妊活』を始めようと思い、この先の家計をシミュレーションしてみたのです。家を買うとローンがいくらになるか、教育費がいくらかかるのか。
ローンは月々10万円前後の返済になる見込みで、問題は教育費。
小学校から高校まで公立で大学だけ私立だとしても約1000万円もかかりますよね。周囲の子育て中の人の多くが、『公立は期待できない。中学受験しなきゃダメだよ』と言うのです。そうなると、子ども1人に2000万円くらい教育費がかかるかもしれない。
私は営業事務の仕事をしていて年収400万円。コンサルタント会社で働く夫の年収は650万円あるのですが、新型コロナウイルスの流行の影響で、だんだんボーナスが減っているので不安です。今後、収入が増えるというよりは、減っていくと思わないと。だから、今から節約の毎日です。
ペットボトルのお茶は買わず水筒を持参して、お弁当を作るのは当たり前。前なら気にせず行っていたスターバックスとかタリーズのコーヒーも、ちょっと買えなくなりました。スーパーに行っても、割引のものばかり手にします」
「自分たちの老後の資金だって必要ですが、まだ考えてもいません。少し前に、老後資金は2000万円必要だというニュースが炎上しましたよね。介護の事業者が次々に倒産しているニュースも気になります。
今回の児童手当の拡充だって、きっと選挙が目当てですよね。月に1万円? そんなの焼け石に水ではないでしょうか。
結局、児童手当を増やすために増税となれば、私たちの生活がますます厳しくなる。このまま国の借金が増えていけば、これから生まれてくる子どもたちが国の借金を背負うことになる。
子どもができたとしても、その子は、この日本で本当に幸せに暮らせるのか。結局、今の日本は全てが自己責任。それを考えただけでも気が重くなって、簡単に子どもなんて産めない気がしています」
理想の子ども数は2.25人、でも現実は…
【解説】国立社会保障・人口問題研究所が5年おきに行う「出生動向基本調査」によれば、夫婦の理想子ども数は2021年で2.25人だった。
結婚持続期間が15~19年の夫婦の間に生まれた子どもがいなかった「無子」の割合は、1997年から2002年の調査まで3%前後で推移していた。
ところが、それ以降は上昇傾向にあり、2021年の調査では7.7%になっている。
生まれた子どもが1人の夫婦の割合を比べると、11.0%(1997年調査)から19.7%(2021年調査)に増加した。
一方で「子ども2人」の夫婦の割合は、57.0%から50.8%に減り、「子ども3人」の夫婦も23.8%から18.6%に減少している。
「無子」と「1人」が増え、「2人」「3人」が減っているというデータが示すように、子どもはいるけれど「2人目、3人目は無理!」という声も決して少なくない。