「境界知能」知的障害と正常域の間に1700万人 お金の管理が苦手・だまされやすい…「生活の困難と対応」を医師が解説

境界知能の困難と支援の現実 第3回

古荘 純一

▲基本的な計算や、行動の結果を予測するのが苦手な場合、買い物など日常生活でさまざまな困難を抱えることに(写真:アフロ)
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例えば、「収支の概念」が希薄な場合、スーパーに行って自分の所持金を超えた買い物をしてしまう場合があります。

あるいは、一人で電車に乗ることはできても、人身事故などで急に止まってしまったら、別のルートで帰ることを思いつかずに、帰れなくなってしまう人もいます。

私がこれまで診てきた患者さんには「アルバイトで時給が50円上がったから、これからは1日1000円多く使える」と喜んでいた人がいました。しかし、1日8時間の労働で時給が50円上がっても、1000円多く使えるようになるわけではありません。

別の患者さんは「1個300円の物がバーゲンセールで3個1000円になっていたら、あなたは買いますか?」という質問に対して「バーゲンセールはお得だから買います」と答えていました。

このように、「基本的な計算をすることも難しい」ケースが少なくないのです。

だまされやすい・犯罪に巻き込まれる可能性も

また、だまされやすいということや、一歩先のことを予測できないというのも特徴の一つです。

SNSなどで募集している闇バイトにだまされて、若い人が犯罪に巻き込まれるケースがしばしば報道されます。

正しく調査したわけではないのではっきりしたことは言えませんが、こうした犯罪に巻き込まれる人の中には、境界知能であるケースも含まれている可能性はあると考えられます。

一般の人からすれば、そのようなことをしたら「すぐに逮捕される」ことが分かりきっているため、誰もやろうとしません。

ところが境界知能の人は「それをしたら、次にどうなる」と予測することが苦手なため、甘い言葉にだまされて犯罪に手を染めてしまう可能性があります。

犯罪が悪いことだと頭では分かっていても、「自分の行動がどのような結果を生むのか」という、予測ができないのです。

「実用的な行動訓練」が生きていく助けになる

もちろん、境界知能であっても、生活能力があり問題なく日常を過ごしている人も多くいます。

一方で、自分自身が「境界知能かもしれない」と感じる人は、できるだけ周囲にSOSを発信してほしいと思います。

境界知能の人の中には、プライドから支援を拒否する人もいます。しかし、周囲に支えてくれる人が多いほど、だまされたり、トラブルに巻き込まれたりするリスクを下げることにつながります。

また、社会に出るまでに家庭でできることも多くあります。

▲「予算の中での買い物の仕方」など、「実用的な行動訓練」が、生きていくための助けになる(写真:アフロ)

例えば私が診ているBさんは、医療や学校などとも相談しながら、社会人として生きるために必要なスキルを身につけるため、家庭で繰り返し練習しました。

具体的には、遅刻をしないことや日常的な健康の管理、痴漢やストーカーなど困ったことにあったら誰に相談するかなどです。

そうした結果、成人として必要な社会性を身につけることができ、今では継続して仕事にも就いています。

またある保護者は、社会に出る前に「電車の乗り方」や「予算の中での買い物の仕方」など、日常生活を送るために必要な事柄を徹底して教え込んでいました。

これは非常にすばらしいことです。

境界知能の人にとっては、学歴を取得するよりも「実用的な行動訓練」をしたほうが、生きていくための助けになることがあるからです。

必要な就労支援 社会の歩み寄り

一方で、私たちにできることもあります。それは、まずは境界知能の人が身近にいるという事実を知ることです。

そして、境界知能の人に対して「社会のほうが歩み寄る」姿勢が重要になります。少子高齢化で人口が減り続ける中、14%もいる境界知能の人を無視して、社会が成り立つはずがありません。

健常と障害のはざま──「境界」の人に、どのような支援ができるかという問題で、いま、福祉分野では非常に苦労しています。

そのような人たちの声を受けて、私たちがやろうとしていることは「社会におけるネットワーク作り」です。公的な支援がないとしても、ネットワークの中で「支援」ではなく「配慮」ならばできるはずです。

例えば境界知能の人は、突発的な変化には弱いとしても、決まった仕事はこなすことができます。ならば、職場に1人ジョブコーチなどを配置するだけで、できる仕事はいくらでもあると思います。

私が知る境界知能の人で、障害者枠で大学に雇用されている人がいます。そこでは、ジョブコーチも入った上で、授業の前後の片付けなどに従事しているのです。

人間の価値はIQだけで測れない

日本は「マウントを取る」などの表現があるように、さまざまな要素で人の優劣をつけたがる傾向があります。このような傾向が続けば、偏見や差別につながり、社会で暮らす皆にとって息苦しくなるばかりです。

重要なことは、周囲の人が境界知能の人に対して「劣っている」という見方や接し方をしないことです。

当たり前のことですが、人間の価値は知性、ましてやIQだけで測れるはずがありません。

境界知能はIQ上の分類に過ぎず、知的マイノリティ(少数派)というだけだからです。

──この記事のまとめ──

古荘純一先生による「境界知能」の解説・第3回となる今回は、「境界知能の人は、社会に出てからが本当に大変」ということを教えていただきました。また、境界知能の人を支えるには「支援」ではなく「配慮」というのもとても納得できます。まずは、私たち一人ひとりが、境界知能により困っている人が身近にいるかもしれないと、知るところから始めたいですね。

【古荘純一先生に聞く「境界知能」の解説は全3回。第1回では「境界知能の基礎知識」について、第2回では「境界知能の子ども・家庭が抱える課題」について解説。最後となるこの第3回では「青年期以降の境界知能とその困難」について伺いました】

出典・参考/
『境界知能: 教室からも福祉からも見落とされる知的ボーダーの人たち』(古荘純一:著、合同出版刊)

取材・文/横井かずえ
撮影/市谷明美

境界知能について詳しく知る本

境界知能: 教室からも福祉からも見落とされる知的ボーダーの人たち

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ふるしょう じゅんいち

古荘 純一

Junichi Furusho
小児精神科医

青山学院大学教育人間科学部教育学科教授。小児科医、小児精神科医、医学博士。1984年昭和大学医学部卒、88年同大学院修了。昭和大学医学部小児科学教室講師を経て現職。小児精神医学、小児神経学、てんかん学などが専門。発達障害、トラウマケア、虐待、自己肯定感などの研究を続けながら、教職・保育士などへの講演も行う。小児の心の病気から心理、支援まで幅広い見識をもつ。 主な著書・監修書に『自己肯定感で子どもが伸びる 12歳までの心と脳の育て方』(ダイヤモンド社)、『発達障害サポート入門 幼児から社会人まで』(教文館)、『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか 児童精神科医の現場報告』(光文社新書)、『空気を読みすぎる子どもたち』『ことばの遅れが気になるなら 接し方で子どもは変わる』『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』(ともに講談社)など。

青山学院大学教育人間科学部教育学科教授。小児科医、小児精神科医、医学博士。1984年昭和大学医学部卒、88年同大学院修了。昭和大学医学部小児科学教室講師を経て現職。小児精神医学、小児神経学、てんかん学などが専門。発達障害、トラウマケア、虐待、自己肯定感などの研究を続けながら、教職・保育士などへの講演も行う。小児の心の病気から心理、支援まで幅広い見識をもつ。 主な著書・監修書に『自己肯定感で子どもが伸びる 12歳までの心と脳の育て方』(ダイヤモンド社)、『発達障害サポート入門 幼児から社会人まで』(教文館)、『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか 児童精神科医の現場報告』(光文社新書)、『空気を読みすぎる子どもたち』『ことばの遅れが気になるなら 接し方で子どもは変わる』『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』(ともに講談社)など。

よこい かずえ

横井 かずえ

Kazue Yokoi
医療ライター

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2