子どもが自然の中で生きる力をつかみ取る サステナブルな滞在型体験施設「モリウミアス」(宮城・雄勝町)とは

子どもの複合体験施設「モリウミアス」(宮城・雄勝町)#1 「循環する暮らし」体験とは?

MORIUMIUSフィールドディレクター:油井 元太郎

2002年に廃校となった「桑浜小学校」の校舎を改修。名前も姿も変わりましたが、今も変わらず子どもたちの声が響いています。  写真提供:MORIUMIUS

宮城県東部の石巻市雄勝町(おがつちょう)にたたずむ横長の木造平屋。小学校だったころの名残をとどめるこの建物が、子どもの複合体験施設「MORIUMIUS(以下モリウミアス)」です。

2015年の設立時から、子どもが「循環する暮らし」を体験できる滞在型プログラムを実施し、2022年からは、おもに都市部に住む小中学生を対象とした1年間の「漁村留学」もスタート。サステナブル(持続可能)を体感できる探究学習の場としても注目されています。

雄勝町は2011年の東日本大震災で、町内にあった建物の8割が全壊。住民も約4300人から1000人ほどにまで減った町で、モリウミアスはどのように誕生し、今に至るのか。

フィールドディレクターの油井元太郎(ゆい・げんたろう)さんに、モリウミアスの取り組みをここで暮らす子どもたちの様子を交えながらお聞きしました。

※1回目/全2回(#2を読む)※公開までリンク無効

子どもだけで“暮らし”をつくり地域密着型プログラムを体験

最近、子育ての新たな課題としてよく耳にする「体験格差」。旅行や習い事、友達と遊ぶ、自然に触れるなど、子どもが「自分らしく生きていくのに必要な力」を養うための学校外での「体験」に、格差が生じているのではないかと危惧されています。

一方、これからの教育で重要とよくいわれているのが「探究学習」です。探究学習とは、子ども自らが課題を設定し、その答えを探って解決へと導く学習のこと。変化が激しいこれからの時代を生き抜くために不可欠な「主体性」や「自律性」が育まれるといわれ、文部科学省も推進しています。

そしてそんな学びが体験できるのが、モリウミアスの滞在型プログラムです。

モリウミアスへの滞在プランは3つ。
季節を問わず週末や連休に1泊2日~2泊3日で参加する「MEET MORIUMIUS」、春休みや夏休みを中心に6泊7日で参加する「LIVE IN MORIUMIUS」。そして2022年から始まった、1年間雄勝の学校に通いながら寮で共同生活を送る「漁村留学」です。

1泊2日〜6泊7日の滞在中は、食事の支度や掃除など身の回りのことはすべて子どもたちの仕事。

「お掃除分担はどうする?」「今日手に入った食材で、何を作ろうか?」など、子どもたちそれぞれが役割を担い、“自分たちで暮らしをつくっていく”環境です。

かまどに薪(まき)をくべて炊くご飯の味は格別。子どもたちは目を丸くして感動するそうです。  写真提供:MORIUMIUS

同時に多彩なプログラムも体験します。雄勝の漁師と魚介類を獲り、さばき方を教わりながら調理して味わう通年実施の食体験から、春の田植えやシイタケの菌打ち、夏の野菜収穫、秋の稲刈りや森での間伐(かんばつ)と植樹、冬の材料集めから始めるリース作りなど季節限定のものまで多種多様です。

「プログラム体験は子どものみですが、親御さんが泊まれるゲストハウスもあるので、1~2泊の『MEET MORIUMIUS』には親子で滞在可能です。また、子どもたちのいない平日は、課外学習や臨海学校、企業研修にも利用されています。

2015~2019年の滞在者数は、子どもと大人を合わせて毎年約1000人(子ども4割、大人6割)。最高で約1500人という年もありました。コロナ禍の2020~2022年は、それまでの約1割まで低迷。2023年は約1000人(子ども6割、大人4割)と、コロナ禍前の滞在者数まで戻りました。季節で見ると、春と夏が7割で秋と冬が3割という比率です」(油井さん)

2022年からは、「滞在」ではなく、1年かけて「暮らしを営む」漁村留学の受け入れが始まりました。

「設立当初から、子どもの変化の度合いは時間に比例するので、ここに1年間住んだら、ものすごく成長するだろうねとスタッフと話していました。

そんなときに、老朽化した体育館の建て直しの話が持ち上がったんです。そこで、漁村で子どもが暮らせる環境を整えて受け入れようということになりました。

漁村留学の1年間が、子どもと地域、自然環境にどんな変化をもたらすのか。そういう実証実験的な試みに賛同してくれた日本財団から助成金をいただき、漁村留学の子たちが生活する宿舎棟へとリノベーションしました」(油井さん)

漁村留学生として、2023年度は小学4年生~中学2年生の女の子が3人、2024年度は小学5~6年生の男の子3人が雄勝で暮らしています。地元の方々はまるで孫が増えたかのような歓迎ぶりだと、油井さんは顔をほころばせます。

「地元の方の家に週末に遊びに行くとか、お茶っこ(※近所の人たちと集まってお茶を飲みながら、おしゃべりをするという東北の文化)をしにおじゃまするとか、交流はすごくあります。

ここでは教育資源と呼んでいるんですが、自然環境も地元の方々もすべてが子どもたちには学びの要素。雄勝だと、その象徴に漁師さんや震災の語り部さんがいます。

普通の生活では会うことのない生産者のオーラとか、つらい経験をしながらもそれを未来のために伝え続ける生き様とかを、子どもはつぶさに感じ取っています」(油井さん)

子どもの自然体験施設は全国に多数あるものの、モリウミアスの大きな特徴はそこに濃厚な「地域性」も加わること。そしてその交流が、子どもたちにはさまざまな刺激となっているのです。

モリウミアスの充実のプログラムは、地元漁師の協力があって実現しています。  写真提供:MORIUMIUS

昔ながらの暮らしこそ現代の教育の最先端

「モリウミアスってどんな施設ですか?」と聞かれたら、油井さんはいつも「循環する暮らしを体験できる施設」だと答えるそうです。これはSDGsがめざす「サステナブル(持続可能)な社会」とも重なります。

「近年は、私たちの暮らしが自然を破壊しているイメージが強いですが、ここでは循環する暮らしの体験を通じて、『人間がよりよい自然環境をつくることができる』という意識を持ってもらうことが狙いです」(油井さん)

例えば、施設の前にある「バイオジオフィルター」は、生活排水を再利用して、生き物と植物が育つ環境をつくる自然浄化装置。屋根瓦を砕いたチップを敷き詰め、そこに集まる微生物によって生活排水が浄化され、ビオトープ(池)へと流れる設計です。ビオトープで生活するメダカや群生するクレソンが、ろ過された水の清らかさを証明しています。

施設では環境にやさしい生分解性の洗剤などを使っており、バイオジオフィルターで浄化された水は池へと流れています。隣の田んぼでは、ササニシキを栽培中。  写真:阿部真奈美

また、放し飼いのニワトリも循環を教えてくれる大事な存在です。

「産みたての卵って、ほんのり温かいですよね。子どもたちはその温度に『命』を感じて、卵とニワトリへの感謝が湧くようです。子どもたちが言う『いただきます』に急に感情がこもるので、見ていておもしろいです」(油井さん)

子どもたちがニワトリの死に直面し、お墓をつくりたい、土に埋めたいと言い出したときでも、

「施設から出た生ゴミや、ニワトリと豚の糞尿は堆肥にして、畑に肥料として利用しています。だから子どもたちにも、ニワトリは土に帰して堆肥にし、その養分でまた新たな植物や命を育もうと促しています。

ここでの生活は、原体験が不足している子どもたちにとっては非日常。それこそ、今の時代ではひとつの教育だと思います。

昔ながらの自然と共存する暮らしが、子どもの教育という観点では最先端なのかなと感じますね」(油井さん)

子どもたちの一日は、動物たちの世話とニワトリの卵を集めることから始まります。  写真提供:MORIUMIUS

設立のきっかけは出会いと雄勝への思い

今では一年中、全国から子どもと大人が訪れますが、モリウミアス設立のきっかけは、雄勝が壊滅的な被害を受けた2011年の震災時にさかのぼります。

当時東京で働いていた油井さんは、仙台出身の友人を手伝うために、週末ごとに避難所で炊き出しのボランティアを行っていました。

それが当時の雄勝中学校の校長先生と知り合うきっかけとなり、「給食の炊き出しをしてほしい」と依頼されたことが、今につながったと語ります。

「料理人にお弁当を作って届けてもらうことから始めました。そこから生徒や教員・保護者と親しくなり、次に中学校3年生の勉強のサポートを始めたんです。

自然と教育支援団体のような姿になっていく中で、一般社団法人を立ち上げ、2012年には雄勝に子どもたちを呼び戻そうという活動を始めました」(油井さん)

雄勝の空き家を使って、週末に震災で地元を離れていた子どもたちを呼び、一緒に漁船に乗って魚介類を水揚げしたり、それを調理して味わったり。まさに今のモリウミアスのプログラムにつながる取り組みを始めました。その活動に意義を感じる一方で、ジレンマを感じるようにもなります。

「私たちの活動の原動力になっている、雄勝の町を何とかしなければいけないという思い。この先、子どもたちが帰ってくる町がなくなってしまうのではないかという危機感がありました」(油井さん)

そして、こう続けます。

「地方の可能性を強く感じていたんです。テクノロジーが進化して生活は便利になっていますが、その反面、家がオール電化で火を見たことがない、マッチで火をつけられないという子たちがいます。特に都市部の子どもたちは自然とかけ離れた便利な暮らしの中で、生きている実感はあるんだろうかと。それをおぎなえるのは地方しかないと思いました」(油井さん)

そこで2013年から本格的にモリウミアス設立に向けて始動。民間所有だった廃校(旧桑浜小学校校舎)に出会い、改修をして、2015年に複合体験施設モリウミアスとしてオープンさせました。

パッと見ただけで学校だったことが伝わってくる、かわいい建物です。放し飼いにされているニワトリのほか、裏山には豚もいます。  写真:阿部真奈美

後編では、モリウミアスが9年間変わらずにいる姿勢が、子どもの自信や自己肯定感にどうつながるのか。そして、モリウミアスに子どもを送り出した親の感想、帰宅後の子どもに見えた変化など、実際に参加した親子の声をお届けします。

●モリウミアス費用目安
・「MEET MORIUMIUS」1泊2日~2泊3日短期滞在プラン/子ども1名宿泊費¥11,000~+プログラム費¥12,700~、大人1名宿泊費¥16,400~

・「LIVE IN MORIUMIUS」6泊7日滞在プラン/子ども1名宿泊費¥53,400~+プログラム費¥84,000~
※すべて税抜き

●関連サイト
モリウミアス公式HP
モリウミアス漁村留学

取材・文/阿部真奈美

ゆい げんたろう

油井 元太郎

Gentaro Yui
公益社団法人MORIUMIUS理事/フィールドディレクター

1975年東京生まれ。アメリカで大学を卒業後、音楽やテレビの仕事に携わる。2004年から日本のキッザニア創業メンバーとなり、2006年東京、2009年甲子園にキッザニアを開業。 2013年に石巻市雄勝町へ移住。2015年、循環する暮らしを体験できる子どもの複合体験施設「MORIUMIUS(モリウミアス)」をオープンさせた。2015年日経ビジネスが選ぶ次代を創る100人に選出。 ・モリウミアス公式HP ・モリウミアス漁村留学

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1975年東京生まれ。アメリカで大学を卒業後、音楽やテレビの仕事に携わる。2004年から日本のキッザニア創業メンバーとなり、2006年東京、2009年甲子園にキッザニアを開業。 2013年に石巻市雄勝町へ移住。2015年、循環する暮らしを体験できる子どもの複合体験施設「MORIUMIUS(モリウミアス)」をオープンさせた。2015年日経ビジネスが選ぶ次代を創る100人に選出。 ・モリウミアス公式HP ・モリウミアス漁村留学

あべ まなみ

阿部 真奈美

ライター

ライター。1976年生まれ、宮城県在住。旅情報誌やグルメ記事、インタビュー記事を中心に執筆。 韓国への留学経験を生かし、最近はゲームのシナリオ翻訳も手がける。好物はトウモロコシ。

ライター。1976年生まれ、宮城県在住。旅情報誌やグルメ記事、インタビュー記事を中心に執筆。 韓国への留学経験を生かし、最近はゲームのシナリオ翻訳も手がける。好物はトウモロコシ。