𠮟らず育てられた子どもはどうなる?
子どもはほめて育てる──。1990年代から、日本で盛んに言われるようになってきたことです。
それから30年以上、今では、家庭や教育現場で、この意識が定着し、同時に、「𠮟らない子育て」が主流になりつつあると言われています。
「𠮟るのはエネルギーが要りますし、𠮟れば、一時的にしろ、子どもとの間に気まずい空気が流れます。ですから、𠮟らないで済むなら、それに越したことはないと思っている人は多いはず」
「しかし、“ほめて育てる=𠮟らないで育てる”では決してないのです。誰でも、𠮟られるよりはほめられるほうが嬉しいですよね。でも、だからといって、𠮟らないのがいいということにはなりません」
こう言うのは、『ほめると子どもはダメになる』の著書もある、心理学博士の榎本博明先生です。
教育心理学を専門とする榎本先生は、これまでに約20校の国立大学や私立大学で、心理学系の講義をしたり、ゼミや論文指導を担当したり、学生相談室のカウンセラーを務めたりして、多くの学生に接してきました。また、自治体の家庭教育カウンセラーに任命されて、園児や生徒の親の相談に乗ったり、親向けの研修会で指導などもしています。
「このような経験を通して、私は、ほめるだけで𠮟らない子育てによって、子どもの育ち方が変わってきたこと、その結果として、若者の心のあり方に変化が生じていることを実感しています」
小学校での「暴力行為」は過去最多
例えば、昨今、教師の話を聞かない、指示どおりに行動しない、勝手に授業中に教室の中を歩いたり、教室から出ていったりするなど、小学校1年生児童の、学校生活への不適応が問題になっています。「小1プロブレム」と呼ばれる、この問題も、𠮟らない子育てが要因の一つになっているのではないか、と榎本先生は指摘。
「約束を守らない、いたずらばかりする、寄り道が多い、宿題をやらずに外に遊びに出る……。私自身は、子どものころ、このようなことで、しょっちゅう𠮟られていました」
「幼い子どもは、自然の状態だと衝動のままに動きますが、𠮟られることで、衝動のままに動いてはダメなのだということをしっかり学び、社会的に望ましい行動パターンを身につけていきます」
「ところが、𠮟られなければ、どうでしょう。衝動に任せて動き回るだけで社会性が身につかないのです」
「家庭で𠮟らないばかりか、昨今では、教育現場でも『𠮟らない・注意しない』が主流です。つまり、子どもたちは、社会性を身につけないままに成長していくことになってしまいます」
「小1プロブレムを抱えた子どもたちを前にしても、先生たちは、ただ見守るしかない。これでは、子どもたちは、やっていいこと、いけないことが、ずっとわからないままですよね。昨今、小学校での暴力行為が増加している背景に、このような状況も関係しているのでは、と私は考えています」
大学でも目立つ「𠮟らない」影響
榎本先生によると、近頃は、大学でも、かつては見られなかった言動を取る学生、自分勝手な自己主張をする学生が目立つようになっているといいます。
「例えば、授業中に寝ている学生がいたので起こすと、“夜中バイトをしていて、ほとんど寝ていないので、寝させてください”と言う。“じゃあ教室から出て寝るように”と言うと、“友だちと一緒にいたい”と言い張り、挙げ句の果てには“授業料を払っているんだから、ここにいる権利がある”と主張する」
「講義に40分以上遅刻してきた学生に注意したところ、“家から1時間半もかかる。家が遠い”などと、平然と自分の事情をアピールするだけで、“すみません”などの言葉は一切ない……。お喋りをやめない学生に繰り返し注意したら、“先生からきついことを言われて傷ついた”と教務課に訴え出られた先生もいるほどです」
「“これまで𠮟られないで育っているので、“これをやったらまずいだろう”ということがわかっていない。そのため、注意されることの意味すらわからない。だから、注意されると、すぐ不快になったり、傷ついたりする──”。実はこれ、大学の私の教え子たちが、大人から見れば“自分勝手に見える仲間(学生)”のことを、客観的に分析して言ったことです」