子どもを「ほめて育てる」=「叱らない」ではない理由 心理学博士が教える「心が折れない」育て方とは

「子どもを伸ばす」ほめ方・𠮟り方①

佐藤 美由紀

子どもが「𠮟られたい」と思う理由

決して𠮟らずほめるだけ。榎本先生曰く「小学校高学年から中学生くらいになると、そんな大人の姿勢に疑問を抱く子も出てくる」とか。

「ある小学校の校長先生の話。5年生のときに荒れて手がつけられなかったクラスが、6年生になって担任が替わったら、子どもたちは別人のように素直になったそうなんですね」

「校長先生が荒れていた子たちを集めて理由をたずねると、ある子が“前の先生は、僕らが悪いことをしても何も言わなかった。だから、やりたい放題やっていた。でも、今度の先生は、僕らが悪いことをするとちゃんと𠮟ってくれる。だから、今の先生の言うことは聞く”と答え、他の子も頷いていたというのです」


また、全国紙の読者投稿欄に「なぜ先生は𠮟ってくれないの?」という14歳の中学生の投稿が掲載されたことがあり、榎本先生は、それに対するコメントを求められたことがあったそう。

「その投稿は“授業中、騒いでいる子がいても𠮟らない先生”に対して、“生徒を第一に考えて、本気で怒り、𠮟ってほしい”といった内容でした」

「この中学生は、教師に対して“本気で𠮟って”と言っているわけですが、これは、そのまま親にも当てはまることです」

“本気”で𠮟れば、感情的になってもいい?

ここまで読み進めてきて、「まったく𠮟らないのは問題」ということは、わかったはず。とはいえ、下手に𠮟って子どもを傷つけたりはしないだろうか、子どもの心が自分から離れたりしないだろうか、などといった思いもよぎったりして……。

教育心理学的な見地から、「我が子の正しい𠮟り方」はあるのでしょうか。

「“怒ると𠮟るは違う”とか“感情的になったら『怒る』だ”などと言われたりしますが、私は、怒ると𠮟るの境界はないと思っていますし、𠮟るときに親の感情が入るのは、ぜんぜんかまわない。むしろ、“冷静に𠮟るって何?”と思います(笑)。とにかく大事なのは、本気で子どもと向き合い、本気で𠮟ることです」

先生によると、「こうすれば、こうなる」「こう言えば、ああなる」など、親が計算していると、子どもは「自分のことを操作しようとしている」と本能的に感じてしまうそう。これでは、あまりいい結果にはなりません。

「𠮟るときに感情を入れてもいいわけですが、気をつけたいことは、いくつかあります」

「例えば、子どもとは関係のないことで親がイライラしたり、ストレスがたまったりしているときに、それを子どもにぶつけてはいけない。親の気分で子どもを𠮟ることは、絶対に避けなくてはなりません」

▲𠮟るとき「やってはいけない」のは、親のイライラやストレスを子どもにぶつけること。また、「𠮟る」と「虐待」は全く別。暴言・暴力は「絶対にNG」です。(写真:アフロ)
すべての画像を見る(全8枚)

もちろん、「𠮟ること」と「虐待(暴言・暴力)」は、まったく別ものです。ときに厳しいことを言うのと、暴言を吐くのとは、違うということを心して。さらに、「𠮟るときにはブレない軸を持つことも大事」と榎本先生。

ブレない軸を持つということは、親自身が「𠮟る基準」をきちんと持つということです。とはいえ、基準が厳しすぎると虐待につながることも。

我が子を虐待した親が「しつけのつもりだった」と、本気で思っているケースは珍しくありません。そのような悲劇を生まないためにも、「𠮟る基準」について家族で話し合ったり、子育て世代の友人知人に意見を聞いたりして、独善的にならないよう気をつけたいものです。

「最近の傾向として、みなさん、マニュアルに頼ろうとします。ですが、子育てにマニュアルはありません」

「繰り返しになりますが、とにかく大事なのは、子どもとは常に本気で関わること。遊ぶときも本気なら、𠮟るときも本気で𠮟る。子どもの将来を考えれば、厳しいこともちゃんと言えると思うのです」

「厳しいことを言われたら、子どもは反発するかもしれません。しかし、親が“愛情と思いやり”を持って我が子に接し続けていれば、いつかは気持ちが伝わるものです」

【心理学博士の榎本博明先生に聞く〔「子どもを伸ばす」ほめ方・𠮟り方〕連載は全3回。第1回となるこの記事では〔“ほめるだけで𠮟らない子育て”がNGな理由・ストレス耐性を高める子育て〕について伺いました。続く第2回では〔正しい「自己肯定感」の育て方〕、第3回では〔日本の子育てに必要なこと〕を伺います】

◾️出典・参考
令和5年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要(文部科学省)
『自己肯定感という呪縛』榎本博明・著(青春出版社)
『ほめると子どもはダメになる 』榎本博明・著(新潮社)

自己肯定感という呪縛 (青春新書INTELLIGENCE 639)

「実力が伴わない人ほど自己肯定感が高い」などの心理学調査も踏まえつつ、大人・子ども問わずに蔓延する「自己肯定感」信仰の問題点を明らかにし、上辺の自己肯定感に振り回されず、ほんとうの自信を身につけるための心の持ち方を指南する一冊

ほめると子どもはダメになる (新潮新書)

頑張れない、傷つきやすい、意志が弱い。生きる力に欠けた若者たちの背景とは。欧米流「ほめて育てる」思想がなぜ日本の子育て事情にNGなのか? 心理学データと調査をもとに詳しく解説。

この記事の画像をもっと見る(全8枚)
34 件
えのもと ひろあき

榎本 博明

Hiroaki Enomoto
心理学博士

1955年東京生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授などを経て、現在はMP人間科学研究所代表、産業能率大学兼任講師。 おもな著書に『〈自分らしさ〉って何だろう?』『「さみしさ」の力』(ともに、ちくまプリマー新書)、『自己実現という罠』『教育現場は困ってる』『思考停止という病理(やまい)』(以上、平凡社新書)などがある。 近刊に『自己肯定感は高くないとダメなのか』(ちくまプリマ―新書)。

1955年東京生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授などを経て、現在はMP人間科学研究所代表、産業能率大学兼任講師。 おもな著書に『〈自分らしさ〉って何だろう?』『「さみしさ」の力』(ともに、ちくまプリマー新書)、『自己実現という罠』『教育現場は困ってる』『思考停止という病理(やまい)』(以上、平凡社新書)などがある。 近刊に『自己肯定感は高くないとダメなのか』(ちくまプリマ―新書)。

さとう みゆき

佐藤 美由紀

Miyuki Satou
ノンフィクション作家・ライター

広島県福山市出身。ノンフィクション作家、ライター。著書に、ベストセラーになった『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』のほか、『ゲバラのHIROSHIMA』、『信念の女 ルシア・トポランスキー』など。また、佐藤真澄(さとう ますみ)名義で児童向けのノンフィクション作品も手がける。主な児童書作品に『ヒロシマをのこす 平和記念資料館をつくった人・長岡省吾』(令和2年度「児童福祉文化賞」受賞)、『ボニンアイランドの夏:ふたつの国の間でゆれた小笠原』(第46回緑陰図書)、『小惑星探査機「はやぶさ」宇宙の旅』(第44回緑陰図書)、『立てないキリンの赤ちゃんをすくえ 安佐動物公園の挑戦』、『たとえ悪者になっても ある犬の訓練士のはなし』などがある。近著は『生まれかわるヒロシマの折り鶴』。

広島県福山市出身。ノンフィクション作家、ライター。著書に、ベストセラーになった『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』のほか、『ゲバラのHIROSHIMA』、『信念の女 ルシア・トポランスキー』など。また、佐藤真澄(さとう ますみ)名義で児童向けのノンフィクション作品も手がける。主な児童書作品に『ヒロシマをのこす 平和記念資料館をつくった人・長岡省吾』(令和2年度「児童福祉文化賞」受賞)、『ボニンアイランドの夏:ふたつの国の間でゆれた小笠原』(第46回緑陰図書)、『小惑星探査機「はやぶさ」宇宙の旅』(第44回緑陰図書)、『立てないキリンの赤ちゃんをすくえ 安佐動物公園の挑戦』、『たとえ悪者になっても ある犬の訓練士のはなし』などがある。近著は『生まれかわるヒロシマの折り鶴』。