【お金と時間】父親ボーナス・母親ペナルティ…共働きで「子育て・仕事」の両立どうすべき?【専門家が解説】

共働き時代のソリューション #1 (2/4) 1ページ目に戻る

髙崎 順子

「母親ペナルティ」が作られた40年間

女性が子どもを持つと働く時間が減ったり・なくなったりし、収入が下がってしまう──

“母親ペナルティ”とはショッキングな言葉ですが、この40年で日本社会に起きたことを順番に見ていくと、理解できます。

少し時間をさかのぼって、経済学者の大石先生に聞いていきましょう。

「もともと日本は『自営業の共働き』が多い国でした。(昔は)夫の収入・妻の収入という、個人としての区別がなかったのです」と、大石先生は説明します。

1960年代くらいまでの日本は、農家やお店などの自営業が多く、夫婦で一緒に働くのが当たり前。職場と自宅が同じなので、家事と仕事の境目もありません。

当時は「夫の給料」「妻の給料」と分ける発想すらなく、家族みんなで稼いで、みんなで食べていく形が主流でした。

戦後の高度経済成長で、夫が会社で働き、妻が専業主婦になる世帯が増えても「家族みんなの収入」の考え方は続きました。

正社員を減らして、パートを増やした時代があった

それが大きく変わったのは70~80年代です。日本の経済が激変し、男性だけではなく女性も、「雇われて働く」ことが増えていきました。

日本の経済に、何があったのか? 大きかったのは、70年代の戦後の高度経済成長の終わりと、80年代の企業の海外進出でした。

企業はコストを下げるため、「正社員」の採用を縮小。そしてより安くものづくりができるアジアなどに、生産工場を移したのです。

「工場が減った日本国内の産業は、サービス業が主流になります。ここでさらに、雇用も解雇もしやすい、パート・アルバイトのニーズが高くなりました」(大石先生)

その80年代に、パート・アルバイトで雇える「使い勝手のいい人材」として注目されたのが、女性たちでした。

働き方「青信号・赤信号」の80年代

1985年には「男女雇用機会均等法」ができ、女性が以前よりも、企業で雇われやすくなりました。

ですが、それ以前から日本には、働く女性が結婚している場合には「あまり多く働かない方がいい」と考えさせる仕組みがありました。

そのひとつが「配偶者控除」

「配偶者控除」は、妻の所得が一定以下だと夫が所得控除を受けられ、結果として税負担が軽くなる制度です。妻が給与収入のみの場合は「年収103万円」(※)が目安としてよく語られます。

(※ただし「103万円」は給与収入だけの場合の目安で、働き方や収入の形によって基準の見え方は変わります )

収入額によって、妻の働き方に制限を及ぼすこのような制度は、社会保険や企業の配偶者手当にもあり、「年収の壁」と呼ばれています。

さらに1987年の税制改革では、この「年収の壁」にも変化がありました。

「103万円までの範囲で妻が働く」または「働かないで専業主婦でいる」場合、夫の払う所得税が、さらに減る仕組みができたのです(※)。

(※この「夫の払う税金がさらに減る仕組み」は平成15年(2003年)の改正で、一部が廃止されています)

妻の所得が一定の水準を超えると、夫が受けられる配偶者控除や配偶者特別控除が小さくなり、その結果、夫の所得税が増えることがあります。

そのため、税の面だけを見ると、妻の収入を「壁」の手前に抑えた方が夫にとって有利に見える場合があります。

▲女性が雇われて働くことに「青信号・赤信号」が同時期に出された(イラスト/コクリコ編集部)
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妻が「年収の壁」を超えなければ、夫が減税面でより有利になる。

ならば結婚している女性は「年収の壁」にぶつかるほどには働かず、その分家事や育児を担っていた方がいい。正社員の女性も、結婚とともに職を変え、パートやアルバイトで年収が上がりすぎないように抑えた方がいい……そう意識させる「年収の壁」拡充が、男女雇用機会均等法の成立から2年後に、行われたのです。

大石先生はこの80年代の状況を「女性が雇われて働くことに対して、青信号と赤信号が同時期に出された」と説明します。

妻も夫のように、雇われて働いてほしい。でも夫ほどにたくさんは、働いてほしくない──そんな矛盾する働き方の仕組みが、女性向けに作られてきたのです。

「不況」で働くママが増えた90年代

それからも日本は、バブル経済の終わりやリーマンショックなどの、不況が続きます。

この間に正社員の枠が大きく減りましたが、コストを下げても人手を確保するため、求人の多くが非正規・パート契約になっています。

また、不況で男性正社員の賃金も下がったので、家計を補うために、非正規やパートで働く母親は、さらに増えていきました。

「1992年には育児休業法が施行され、出産後も、母親が同じ仕事を続けられるようになりました。ですが家事育児を母親が主に一人で手がけている場合、どうしても、残業や出張は難しくなります」(大石先生)

(※育児休業法は1991年に成立、1992年に施行)

そうして女性たちは、昇進や昇給の機会を逃がしたり、職場にいづらくなって退職してしまうことも。結果として、収入が減ったり、なくなったりする事態が起こっています。

“母親ペナルティ”はこのように、社会と働き方の変化が、組み合わさって起きたもの。母親個人の性格や能力だけではなく、日本社会の構造の問題なのです。

正社員の女性が出産後に失職し、パートなどに働き方を変えた場合、生涯の所得は2億円ほど減ってしまう(※)とも言われています。

(※内閣府「国民生活白書」(平成17年):生涯所得について、大卒平均・2億7,645万円に対し,出産退職後にパート・アルバイトとして子どもが6歳の時に再就職した場合の生涯所得は4,913万円と推計)

「父親ボーナス」の正体
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