学校で教わらないけれど10歳までには教えておきたい性教育
わたしのからだはわたしのもの〜誰でも大切にされる権利を持っている〜
性に関する情報を子どもが目にする機会は、大人が考えている以上に増えています。問題は、偏った性の情報に晒される機会がとても多いこと。
最近では、スマートフォンを持つ子どもの増加や低年齢化(※)により、SNS等を通して自撮り被害や性被害に遭う事例は小学校高学年くらいから起きていますし、子どもが性的いじめの当事者になる事例も起きています。(※「令和3度 青少年のインターネット利用環境実態調査」内閣府)
また、日本の学校教育では、いわゆる「性教育のはどめ規定」により、子どもが性や妊娠に関して正しく知る機会が不足しているという現状もあります。(※文部科学省が定める学習指導要領で『妊娠の過程は取り扱わないものとする』とされており「性行為」についても取り扱わないため)
被害と加害の両方を予防するという意味でも、まずは家庭で性教育をしておきたい。でも子どもたちに何をどう伝えていいか……と迷う方も多いでしょう。
日本では成人年齢が20歳から18歳に引き下げられました。
我が子が成人したとき、どんな大人になっていてほしいか、体や性のどんな知識を身につけておいてほしいかと考えながら、家庭での性教育をしていきましょう。
18歳でいきなり性の知識を身につけようと思っても難しい。だからこそ小さいときから、コツコツと積み重ねていくことが大切です。
本記事は、国際的な性教育の手引書となっているユネスコ『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』をもとに、執筆を医療ライターの及川夕子、監修を日本の性教育の現状を見てきた産婦人科医のサッコ先生こと高橋幸子先生が担当。
「性のトラブルから自分を守るスキル」、「初経・精通・妊娠のしくみ」などを、家庭で子どもに伝えるときのポイントについて、分かりやすく解説します。
最近よく聞く「包括的性教育」って何?
実践的TIPS(=コツ、ヒント)に入る前に、世界には、国際的な性教育のスタンダードがあります。
その指針となるのが『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』。
本来、このガイダンスは、各国の学校のカリキュラムとして取り入れ、年齢に応じて積み重ねるように教えることとされています。しかし、日本ではこのガイダンスが学校の性教育に反映されていません。
世界基準の性教育が受けられない現状では、「日本の子どもたちは、家庭で親が教えていかなければ、世界の包括的性知識を身につけないまま大人になっていく」。そのような課題があることは、実はあまり知られていません。
ユネスコなどの国際機関が協同しまとめたこのガイダンスは、次の8つのキーコンセプトをあげ、5歳~18歳の子どもたちが幅広く性について学ぶ「包括的性教育」を提唱しています。
『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』
8つのキーコンセプト
①人間関係
②価値観、人権、文化、セクシュアリティ
③ジェンダーの理解
④暴力と安全確保
⑤健康とウェルビーイング(幸福)のためのスキル
⑥人間の身体と発達
⑦セクシュアリティと性的行動
⑧性と生殖に関する健康
性教育というと「性やセックスに関すること」というイメージで捉えられがちですが、包括的性教育は、人権や多様性、人間関係や安全などさまざまなテーマを学ぶ性教育。
8つのキーコンセプトにはそれぞれトピックと学習目標が設定され、子どもの発達段階に合わせて繰り返し教えていくのも特徴の一つ。発達段階はレベル1(5~8歳)、レベル2(9~12歳)、レベル3(12~15歳)、レベル4(15~18歳)の4つとなっているので、当記事では、レベル1と2を対象とします。
いざというとき、NOが言えるように
第1回のテーマとして「同意」と「バウンダリー=境界線」をピックアップします。
この2つは、子どもたちが「自分の体と心」を守るために、絶対に必要な知識であるとともに、人間関係もうまくいく、心も安定するとっても大事なスキル。
まだ日本ではそれほど知られていませんが、とても重要な概念です。
「プライベートゾーン」について教えている家庭は増えてきているかもしれませんが、一緒に「同意」や「バウンダリー」についても繰り返し伝えていけると良いですね。
同意を考えるベースとなるのが「わたしのからだはわたしのもの」という意味の「体の自己決定権」です。
これは、自分の身体に関することを自分で選択することと、その力を意味します。例えば、相手が「手をつなごう」と言ってきたときに、いやだったら「いや」「やめて」といっていいし、その権利は誰にでもあるということを理解することが大切です。
体を国の領土に例えて、「その国(=体)のことを決めるのは、ほかでもない王様である自分なんだよ」と伝えると、よりわかりやすいかもしれません。
この考え方が身につくと、性被害の手前で拒否する・逃げるという行動や性的いたずら(=性暴力)はいけないことという理解にもつながります。
当然、相手にも体の自己決定権があります。だから、自分が相手と何かをしたかったら「○○していい?」とか「私はあなたに○○したいなと思ったけど、どう思う?」などと、言葉に出して確認することが基本ルール。
そこで相手が「いやだ」と言っても、それはその人の選択なんだと理解する。互いの気持ちや権利を尊重するという大切な価値観です。
YES/NOを安心して言える関係づくりを
もう1つ大事なのが、バウンダリー(境界線)。
境界線はその人が感じる「だいじょうぶ」と「だいじょうぶではない」の境目のこと。
あることがだいじょうぶかどうかは、人によって違うし、そのときの状況や気分によっても変わるものです。つまり、人それぞれ。
また、「一度YESと同意したとしても、人の気持ちは変わることがあるし、途中で断ることもできる」ということは、子どもたちにぜひ知っておいてほしいことですし、家庭の中でYES/NOを言いやすい環境をつくることも大切です。
小さな子どもでも、大人が丁寧に「たずねる」ことで自分が大事にされていると感じることができます。YESでもNOでも自分の意思が受け入れられ、どんな選択をしても互いの関係は変わらないのだという経験を積み重ねていくと、友だちや親との関係性においても自分を信じることができ、安心して人間関係を築けるようにもなります。
大人は子どもに対してつい「○○はしていい」「○○してはいけない」の二択で伝えたくなってしまいます。そして、肝心な「誰にでも大切にされる権利がある」という基本的なことを伝え忘れてしまいがちです。
ぜひそのあたりを意識して、日常のやり取りの中で、「いやだったらNOと言っていいよ」ということを伝えていきましょう。
同意や境界線を日常に取り入れる
今回のPoint(ポイント)
・自分の体に、誰が、どこに、どのように触れることができるかは、自分で決められる(体の自己決定権)
・どんな人も敬意を払う存在。話ができない赤ちゃんでも
・自分を大事にしよう、友だちも大切にしよう
・いやなときは「いや」って言って断っていい
・断る権利は誰にでもある。気持ちを相手に伝えよう
・聞かないで触るのはやめよう。まず「触っていい?」って聞くこと
・「いやだ」って言われたらやめよう
・望まない性的な扱われ方は、権利の侵害でダメなこと
TIPS1:同意について親子で話そう
●自分の身体のことは自分で決める権利がある。わたしのからだはわたしのもの
●人の体に触れるときは確認してから。どんなに親しくても、愛し合っていても
●したくないな、不安だなと感じたら「イヤだ」「ちょっと待って」と言っていい
●イヤなことをイヤと言える関係が対等な関係です
●対等な関係ではっきりとした「YES」だけが同意です
【伝え方】
イギリスで製作された、同意に関する大人向けの動画「Tea Consent」を例にとると……
Tea Consent
紅茶を入れて誰かに勧めるときに「紅茶を飲む?」と聞いて、相手が「うん、飲みたい」といったら紅茶がほしいことがわかります。「うーん、どうかなあ」と言ったら無理やり飲ませてはいけません。紅茶を飲むのを決めるのはその人。(子ども向けの動画「Consent for kids」を一緒に観るのもいいでしょう)
consent for kids
子どもの体に触れるときは「抱っこしていい?」「ハグしていい?」「体に触るよ」とたずね、子どもの同意をとる。
お風呂に入る場面で、一緒に入る? 「いや」だと思ったら、家族であっても断っていいんだよと子どもに伝える。
漫画や映画を子どもと一緒に見ているときに、気になるシーンがあったら、同意を取ったかな? 確認したかな? と一緒に話し合ってみる。
「どんなに仲が良くても、身体のボスは自分。着るものや食べるものも、勝手に決める権利はお互いにないし拒否する権利はあるよ」と伝える。
TIPS2:境界線について知ろう
●人と人の間には目に見えない「境界線」がある
●誰でも自分の「境界線」を決めることができる
●境界線は後から変えるのもOK。同意したとしても「やっぱりしたくない」と言っていい
●他人の境界線を越えるときには同意をとる。「○○してもいい?」と聞くこと
●自分の行動について、ときに社会のルールに従うことも必要
こんなときが境界線について話すチャンス
・友だちにおもちゃを取られてケンカになったとき
・子どもが、大人から触れたくないところに触れられたりキスをされた、と訴えてきたとき
・食べたくないのに、友だちがお菓子を勧めてくると訴えてきたとき
・なぜマスクしなきゃいけないの?と聞かれたとき
ときには、社会にルールが決められ、同意することが求められることもあります。同意しないことでどんな影響があるか自分で考えてみよう、と子どもに伝えましょう。
境界線の種類
境界線には、身体の境界線、物理的境界線、心理的境界線、社会的境界線などがあります。
TIPS3:プライベートゾーンを教える
●水着で隠れる部分と口は大切なところ、プライベートゾーンと言う
●他人に見せたり、触らせたりしない
●他人が勝手にみたり触ってはいけない
●写真を撮ったり、それをSNSにアップしたりするのは犯罪
●プライベートゾーンを勝手に触られたり見られたら、信頼できる大人に相談しよう
【伝え方】
こんなことをするのはプライベートゾーンの侵害
・いきなり抱きつく、いきなりタッチ、いきなりキス
・プライベートゾーンを見ようとする、触ろうとする
・ズボン下ろしや着替えをのぞいたりする(ふざけてやるのもダメ)
・触りたくないのに、プライベートゾーンを触らせようとする
「親でも、先生や部活のコーチでも、許可なく体にタッチしたり、こうしなさいと勝手に指示したりすることはできないよ」
「心がイヤだと感じたら、イヤだって言っていいんだよ」
「ルールが守られなくてイヤな思いをしたら誰にでも相談する権利があるよ」
「いやだと思う行為は、断っていいよ」
「信頼できる大人に相談できるよ」
「相談することは恥ずかしいことではないし、責められたり怒られたりしないよ」
「外でイヤなことをされたら、交番のお巡りさんや学校の保健室に行って相談してね」
10歳までに声をあげていいことや相談することまでを学ぶ
ちなみに「同意」は国際セクシュアリティ教育ガイダンスのキーコンセプト4(暴力と安全確保)で触れられていますが、年齢に応じて次のように学習目標が設定されています。
◆5~8歳 からだの権利の意味を説明する。身体のどの部分がプライベートな部分かを明らかにする。誰かにさわられて不快感を感じた場合は、信頼できる保護者や大人に説明する。
◆9~12歳 望まない性的な扱われ方は何かについて、また成長期のプライバシーの必要性について理解する。
◆12~15歳 性的な行為をするかしないかを自分でコントロールする権利を持っており、性的同意を伝えること、受け取ることの重要性を認識する。
◆15~18歳 同意に基づいた性的行動は、健康的な性的関係の重要な要素であることを認識する。
*『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』より一部を抜粋
10歳までに、体のどの部分がプライベートな部分なのか、また誰かに触られて不快に感じたときには「いや」と言っていいことや大人に相談するなど上手な対処法についても伝えておきたいですね。
さらに、バウンダリー(境界線)の概念は親も知っておきたい知識です。
境界線は目には見えないけれど、自分の感覚で引いていい線引きのこと。
境界線は、親子の間にも当然あって、親であっても子どもがイヤがる距離まで踏み込むことは、体の自己決定権の侵害と言えます。
スキンシップをする際には、「ハグしていい?」「いやな気持ちがしたら言葉で伝えるんだよ」と伝えましょう。信頼と安心を感じられる人間関係がどういうものか知ることで、相手への思いやりある振る舞いが身についていくでしょう。
なぜ性教育が必要か
そもそも、なぜ子どもたちが「性教育」を学ぶ必要があるのでしょうか? それはつまり、自身の体について正しく学び、自己の性と健全に向き合うことは、私たちがよりよく生きるために必要なことであり、また、自己決定権を尊重し、自己と他者との境界を尊重することが、普遍的人権につながっているからです。
そのため、この連載では〈10歳までに教えておきたい〉をキーワードとし、第1回は性教育の大前提として「同意と境界線」について解説しました。
続く第2回では、より具体的な性教育「初経、精通・妊娠」をテーマに、子どもと一緒に学ぶためのTIPS(=コツ、ヒント)をお伝えします。
プロフィール/
執筆:及川夕子(おいかわ・ゆうこ)
女性の健康と医療、更年期、性暴力、ジェンダー、SRHRなど、主に「女性」に関わる取材・執筆を得意とする医療ライター、エディターであり、メノポーズカウンセラー。 近著『はたらく細胞LADY 10代女性が知っておきたい「性」の新知識』(講談社)では、ティーンの女性に向けて、ユネスコの提唱する世界基準の「包括的性教育」にそって、心と体がラクになる「性」の知識や幸福に生きる(Well Being)ためのスキルをわかりやすく紹介。
監修:高橋幸子(たかはし・さちこ)
サッコ先生の愛称で年間160回もの性教育の講演を行う産婦人科医。埼玉医科大学 医療人育成支援センター・地域医学推進センター/産婦人科/医学教育センター助教。日本家族計画協会クリニック非常勤医師。彩の国思春期研究会西部支部会長。著書に『サッコ先生と!からだこころ研究所 小学生と考える「性ってなに?」』(リトル・モア)など。
性教育について詳しく知る本
出典・参考
ユネスコ 国際セクシュアリティ教育ガイダンス
はたらく細胞LADY 10代女性が知っておきたい「性」の新知識
及川 夕子
新聞社勤務を経てフリーランスに。新聞、雑誌、WEBメディアなどで、記事の企画、編集、執筆を手がける。近年は、女性の健康・美容、更年期のヘルスケア、医療分野の取材、執筆を中心に活動。 著書に『365日機嫌のいいカラダでいたい。現代を生きる私たちのヘルスケア・アップデートブック』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『はたらく細胞LADY 10代女性が知っておきたい「性」の新知識』(講談社)。
新聞社勤務を経てフリーランスに。新聞、雑誌、WEBメディアなどで、記事の企画、編集、執筆を手がける。近年は、女性の健康・美容、更年期のヘルスケア、医療分野の取材、執筆を中心に活動。 著書に『365日機嫌のいいカラダでいたい。現代を生きる私たちのヘルスケア・アップデートブック』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『はたらく細胞LADY 10代女性が知っておきたい「性」の新知識』(講談社)。
高橋 幸子
サッコ先生の愛称で年間160回もの性教育の講演を行う産婦人科医。埼玉医科大学 医療人育成支援センター・地域医学推進センター/産婦人科/医学教育センター助教。日本家族計画協会クリニック非常勤医師。彩の国思春期研究会西部支部会長。著書に『サッコ先生と!からだこころ研究所 小学生と考える「性ってなに?」』(リトル・モア)など。
サッコ先生の愛称で年間160回もの性教育の講演を行う産婦人科医。埼玉医科大学 医療人育成支援センター・地域医学推進センター/産婦人科/医学教育センター助教。日本家族計画協会クリニック非常勤医師。彩の国思春期研究会西部支部会長。著書に『サッコ先生と!からだこころ研究所 小学生と考える「性ってなに?」』(リトル・モア)など。