父の日に崩れた「理想の家族」 優しい義父の裏に隠されていたもの

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誰も帰って来なくなった大きな家

あの日からしばらく経った年末、お義母さんから連絡が入りました。

「せっかく家を新しくしたのに、誰も帰ってこない家になってしまった……。寂しい。孫たちに、みんなに会いたい

その言葉を聞いて、夫はこう伝えました。

「もう、おとんから離れたらどうだ。こっちに来ればいいじゃないか」

私たちはあの日以来、何度も話し合いを重ねていました。帰省しなくなることで、お義父さんが反省し、少しでも変わってくれればと思っていたのです。けれど、もし気持ちを改めないのなら、そのときはお義母さんをわが家に呼び寄せようと決めていました。

高齢のお義母さんにとって、これまでの暮らしを手放す決断は、簡単なことではないはずです。それでも、これまでずっと家族のために自分の気持ちを後回しにしてきたお義母さんに、これからは自分自身の人生を生きてほしいと願わずにはいられませんでした。

だからこそ私は、これからはお義母さんにも、自分自身の人生を生きてほしいと願わずにはいられませんでした。

家族のかたちは変わっても

現在、お義父さんは、建て直した大きな家にひとりで暮らしています。周囲の助けもあり、なんとか離婚を成立させることができました。けれど、お義母さんや私たちへの謝罪の言葉はなく、今も酒に溺れる日々が続いているそうです。

私たちはお義母さんに同居を提案しましたが、お義母さんは「あなたたちにそこまでしてもらうのは悪いから」と遠慮し、わが家の近くでひとり暮らしをする道を選びました。今は頻繁に行き来ができ、お義母さんも子どもたちも、どこかうれしそうです。

毎年、父の日が近づくたびに、私は義父を思い出します。あんな出来事があっても、ふと、優しく迎え入れてくれたころの姿がよみがえるのです。だからこそ今も、「お義父さんはちゃんと暮らしているのだろうか」と気にかかることがあります。もちろん、そんなことは夫にもお義母さんにも言えないのですが。

文/構成・橘サチ

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