マスク生活は圧倒的に「学びの機会」を失わせている

たとえば、大脳皮質にある「視覚野」と「聴覚野」は比較的早くに成熟し、これらの感受性期は、生後3ヵ月頃から就学前くらいまでであると明和教授はいいます。

「生後数ヵ月ごろに刈り込みがはじまり、生後8ヵ月頃にピークを迎えます。そして、就学の前後あたりに落ち着きます。とくに重要なのは乳児期ですね」(明和教授)

脳が環境の影響を受けて変容しやすいということは、脳が急激に成長するということ。視覚野と聴覚野が急激に成長する乳児期に、「マスクをした人々に囲まれて暮らす日常」は、どのような影響をもたらすのでしょうか。

「生後6ヵ月くらいから、赤ちゃんは相手の目よりも口元をよく見るようになります。口元の動きという視覚情報と、口から発せられる音である聴覚情報を見聞きし、さらに、その動きや音を真似しながら言葉をひとつひとつ身につけていくのです。

保育園児だと、一日10時間ほどを園内で過ごす子も少なくありません。一日の多くの時間を過ごす保育園では、コロナの感染状況によっては、先生たちはマスクをして子どもたちに接せざるをえません。

日常で出会う大人の口元や表情が見えづらいため、赤ちゃんにとっての『学びの機会』がコロナ前に比べて圧倒的に減っています。

言葉の発達だけでなく、相手の感情を理解したり共感したりする心の発達にも影響する可能性があります。相手の喜怒哀楽などの表情を見ながら、それを自分でも真似てみるという経験の積み重ねによって、赤ちゃんは自分の感情だけでなく、相手の感情も理解するようになるからです」(明和教授)

「家庭内ではマスクを外しているだろうから、子どもの発達における特筆すべき変化は起きていないのでは」という意見もありますが、「欧米と日本では子どもたちの置かれている環境がずいぶん異なる」と明和教授は指摘します。

「欧米では、コロナが収束したとは言えない状況でもマスクなしの日常を取り戻そうという政策へシフトしています。

一方、日本では、マスク着用に対する抵抗感が欧米に比べて圧倒的に低いです。最近気になるのは『マスクをしている方が対人関係を築きやすい』という思春期の子どもたちの声をよく耳にすること。この先、ポストコロナ時代を迎えても、マスク着用は日常化していくかもしれません。

こうしたことから、マスク着用を日常とする生活が子どもたちの脳発達の感受性期に与える影響は、欧米に比べて日本ではかなり大きいのではないかと危惧しています」(明和教授)

コロナ禍での「新しい生活様式」は、感染症拡大防止のためではあるものの、一方で赤ちゃんの脳と心の発達に大きな影響を及ぼす可能性があることがわかりました。では、今後も続くであろうコロナ禍で、親はどうすればよいのでしょうか。

「ご家庭では特別な事情を除いてはマスク着用にとらわれすぎず、豊かな表情を介して触れ合う機会を、コロナ禍以前よりも少しだけ意識して子どもたちに提供してあげてほしいと思います」(明和教授)

すでに完成した脳をもっている大人にとってではなく、発達の途上にある「子どもにとって」必要な新しい生活様式を、科学的エビデンスに基づいて具体的に提案、実践していく必要があるといえるでしょう。

次回は、子どもの発達において欠かせないもうひとつの経験、「触れ合い」について紹介します。触れ合うことで子どもの脳と身体に何が起こるのか、科学的な視点から解説します。

取材・文/稲葉美映子

※京都大学大学院・明和政子教授に聞く「コロナ禍での乳幼児の脳と心」は全3回。第2回は2022年5月9日、3回は5月12日公開予定です(公開日までリンク無効)。
#2 赤ちゃんは「密」が愛着形成する! コロナ禍の「触れ合い」新常識
#3 赤ちゃんのお世話 “脳が育つ”ひと工夫 コロナ禍だから意識すること

14 件
みょうわ まさこ

明和 政子

京都大学大学院教育学研究科教授

京都大学教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。京都大学霊長類研究所研究員、滋賀県立大学人間文化学部専...

いなば みおこ

稲葉 美映子

ライター

フリーランスの編集者・ライターとして旅、働き方、ライフスタイル、育児ものを中心に、書籍、雑誌、WEBで活動中。保育園児の5歳・1歳の息...

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