日本の少子化が止まらない。厚生労働省が発表した最新の調査(※)では、2022年の出生数が過去最少・初の80万人割れとなった。
平均年収443万円の日本で、本当に必要な少子化対策とは? 雇用・結婚・出産・育児問題に詳しいジャーナリスト小林美希氏が、取材から見えてきた子育て世代のリアルを解説(全3回)。2回目では「子どもか仕事か」の選択を迫られるケースを紹介。非正規雇用問題をはじめとした、女性をめぐる雇用環境に焦点をあてる。
(※人口動態統計速報(令和4年12月分)2023年2月28日発表)
【小林美希(こばやしみき)1975年生まれ。就職氷河期の雇用、結婚、出産・育児と就業継続などの問題を中心に活躍。2013年「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』など著書多数】
生涯子どもを持たない女性の割合 先進国で最高に
経済協力開発機構(OECD)が公表した出生に関するデータから「#生涯子供なし」がSNSでトレンド入りするなど、話題となっている。
これは、2020年のOECDのデータベースで見た「50歳の時点で子どもがいない女性」、つまり、生涯にわたり子どもを持たない女性の割合が、先進国のなかで日本が最も高い27.0%だったというもの。
いったい、女性に何が起こったのか。
女性の約半数が「非正規雇用」の日本
かつて女性の採用は「一般職」が多く、就職の入り口での差別があった。
長い労働運動の末、1986年に男女雇用機会均等法が施行されて、女性の雇用の間口が広がったと思われた。ところが同じ年に、労働者派遣法も施行。「女性に用意されたのは非正規雇用だった」とも指摘されていたが、それが現実のものとなっており、少子化と雇用の問題は切り離せない。
女性全体の非正規雇用の比率は、1986年の32.2%から、2022年は53.4%に上昇している。
ここ数年は、現役世代の労働力人口の減少の影響もあって横ばい傾向だが、女性の約半数が非正規雇用というのが現状だ。
女性を取り巻く雇用環境が、「子どもを産ませない社会」にした大きな原因の一つなのではないだろうか。2人の女性のケースを見てみよう。
ケース1:アパレル会社で働く水野香さん(仮名、36歳)
「『異次元の少子化対策』といって騒ぎになっていますが、まだまだ出産前の段階で問題があるのです。子どもか仕事かの二者択一を迫られてしまう。そういう現実もあるのです。
私が大学を卒業するころは、リーマンショックの後で大変でした。もともとアパレル業界に憧れて就職活動をしていましたが、不景気でどこからも内定は出ませんでした。
無職になるよりはいいだろうと、都内で派遣社員として働きはじめました。派遣会社ではビジネスマナーやエクセルの使い方を教えてもらえたので良かったのですが、3ヵ月おきの契約が多く、いつ仕事がなくなるかと心配で辛かったです。
早く社会人として一人前になりたかったので、20代はがむしゃらに働きました。職場の上司から『正社員になってくれたらいいのに』と言われても、派遣で3年が経つ直前にあっさりと契約が打ち切られてしまいました。
同じ職場で3年以上働く派遣社員を直接雇用しなければならないルールがあるのですが、派遣先は、それが嫌なのですね。次の派遣先でも、同じことの繰り返しでした。
33歳で結婚したころに、念願だったアパレル会社の契約社員になりました。正社員への登用もあると言われ、最初は店舗に配属されました。
まだ30代前半でしたし、転職してすぐ妊娠してはいけないと思い、妊娠は先送り。今は、商品の仕入れ業務やイベントの企画立案にも加わるようになって、やりがいを感じています。
ただ、周囲のほとんどが妊娠を機に仕事を辞めています。店は夜遅くまで開いていますし、立ち仕事です。洋服のたくさん入った段ボールを運ぶのも重労働で、流産や早産を心配する人が多いのです。妊娠中に悪阻(つわり)で遅刻や欠勤が増えると、冷遇されることが多くて」
「システムエンジニアの夫の年収は約600万円です。私の年収は約400万円ほどですが、2人の収入を合わせれば1000万円になるので、子育てはできると思うのです。けれど、新型コロナウイルスの流行もあって業績は落ちているので、私の正社員登用の話は絶望的になりました。
もし私が妊娠して契約が更新されずに職場を追われてしまえば、夫の収入だけになってしまう不安があります。だいぶ前に言われていた、子どもができたら収入が半減する『Half Income with Kids』の『HIKS(ヒックス)』カップルになってしまいますよね。
赤ちゃんを抱えての再就職は難しいのが目に見えるので、正直、悩んでいます。でも、もう36歳です。35歳以降は年齢が上がるにつれ妊娠する確率が低くなって、流産する確率が高くなるのを考えると、そろそろ本当に、仕事か出産かを選ばなくてはならないのだと思います。
今、少子化対策で児童手当の議論になっていますが、月に1万円程度の手当をもらっても、それで産めるなんて思えません。それよりも、妊娠や出産、子育てで女性が不利にならず、きちんと働けることが重要だと思うのです。
なぜ妊娠したら辞めなくてはならなくなるのか。小さな子をもつ女性の仕事が、なぜ非正規雇用ばかりなのか。そうした現実を変えるのが、本当の少子化対策なのではないでしょうか」
非正規雇用が「雇用の調整弁」に
【解説】妊娠や出産を理由とした解雇、退職、正社員からパートへの変更、降格処分などは、男女雇用機会均等法で禁止されている。
また、労働基準法では、雇用形態にかかわらず「産前産後休業の取得」が認められており、妊婦が求めれば、軽易な業務への転換などが使用者に義務づけられている。それでも事実上の「妊娠解雇」が横行している。
経済界は、景気や業績の波に合わせて「雇用の調整弁」にする非正規雇用を増やそうとし、自民党政権はそうした経済界の要望を取り入れる形で雇用の規制緩和を進めた。
不況のたびに「失業するよりはマシ」だと問題はすり替えられ、抜本的な経済対策を行わずに雇用の規制緩和に甘んじてきた歴史がある。
1986年の法施行当初は、専門職に限定して始まった労働者派遣法だが、1991年のバブル崩壊、1997年の金融不安を経て、1999年に派遣の対象業務が原則自由化されたことで、派遣が広まった。
2001年にITバブルが崩壊してからは、2004年に自民党政権が「規制改革・民間開放推進3か年計画」をスタートさせた。この年に製造業派遣が解禁された。しかし、のちの2008年に起こったリーマンショックで、製造現場から大量の失業者を生み出した。
大きな転機となった2004年は、労働者派遣法と労働基準法の改正があった。派遣法で専門業務以外の派遣で派遣期間の上限が3年になり、労働基準法でも非正規雇用の雇用期間の上限が3年になったことで、いわゆる「3年ルール」ができた。
合法的にクビを切れる「3年ルール」
この「3年ルール」とは、本来は「3年経てば正社員にする」などの雇用の安定を目的とした。しかし、企業は3年経つ直前に雇用を打ち切り「合法的にクビを切る」ことですり抜けるように。そのため労働者は、いったん非正規で働くと、職場を転々とせざるを得ない状況となった。
非正規の契約期間を短くすることで、妊娠が分かった社員を「妊娠解雇」することも可能になった。こうした状況のなかで、失業しないように妊娠を躊躇するケースが増えていった。雇用の規制緩和がボディブローのように効き、2004年まで110万人台だった出生数は、2005年に106万人に減った。
女性にとっての雇用環境の厳しさは、たとえ正社員であっても、「産ませない」ことには変わりなかった。「男女雇用機会均等法」が施行されてから、約40年も経つ今もなお、女性が抱える問題とは何なのだろうか。