「例えば分譲で、ある程度の性能も考慮されていて、住民の誰もが“長く住みたい”という意識を持っているようなマンションの場合なら、上階に直接言いに行ってもいいと思います(注 賃貸の場合、管理会社を通すのが一般的)」
「ただ、高圧的に苦情を言うのではなく、“申し訳ないんですけど、ちょっと音が響いていまして。少し気をつけていただけたら……”というように、お願いする感じで言うことが大切。苦情を言うつもりで行くと、よほどのことでない限り、いい結果を生みません」
「苦情を言うのではなくて、それまで上階の人と近所付き合いがなかったなら、これをいい機会と考えて、お知り合いになるつもりで行く。そして、ついでに音のことも伝える感じですね」(橋本先生)
何事も最初が肝心。この段階で、相手との人間関係をうまく築くことができれば、第1回・第2回でも触れたように、音の問題は大事には発展しにくくなるのです。
「棒で突く」のは絶対NG
「知らない人を直接訪ねるのはちょっと……と思い、手紙を書こうかと思う人もいるでしょうね。ですが、手紙は一方通行なので、相手とコミュニケーションが取れません。やはり、最初の段階では、直接行って話したほうがいいと思います」
ちなみに、上階住民に対して「ちょっとうるさいですよ」の意思表示として、「天井を棒で突っつけばいい」と言う人が、意外に多く存在しますが……。
「いえ、それは絶対にやってはいけないことです。こちらとしては、単に音が響いていることを知らせるための行為だと思っていても、やられた側(上階の住民)は、攻撃されていると思ってしまいますから、ろくな結果にはなりませんよ」(橋本先生)
単純に分けられない“加害者”と“被害者”の関係
丁寧に伝えても、上階からの音はいっこうに改善されない。早朝から深夜まで時間を問わず、いつ響いてくるかわからない様々な音に生活はかき乱され、寝不足になったりして、精神的にも不安定になり、仕事にも差し障りが出てきたりして……。
そうなってくると、だんだんと相手に対して怒りの感情が湧き上がってきますし、その感情に自分自身が振り回されて、よけいに疲れてきます。経験した人だけがわかる騒音地獄……。
「音の問題の渦中に投げ出されているときは、本当に苦しいはず。“なんで自分がこんな大変な目に遭わなきゃいけないのか”とも思うでしょう。よくわかりますが、そんなとき、ちょっと冷静になって、“被害の意識を持ちすぎていないか”と自分自身を振り返ってみてください」
「被害の意識が強すぎると、よけいに音にとらわれてしまって、自分を追い込んで苦しくなってしまうんです」(橋本先生)
「騒音問題に巻き込まれないために必要なこと」(第1回)でも触れたように、マンションで上階からの音が響いてくるのは、ある程度は仕方がないことです。
また、「騒音の“苦情を寄せられた場合”の対処法」(第2回)で解説した通り、上階住民も何らかの対策をすでに取っている可能性があります。
橋本先生は「かつては、音を立てる上階住民が加害者で、音を聞かされる下階住民は被害者という分類ができていました。しかし、昨今は、単純に分けられない気がしています」と語ります。
「上階住民が常識的な人であれば、音を出して迷惑を掛けているという加害者意識はあるはずです。でも、一方で、苦情を言われているという被害者としての意識もある。両方の意識の狭間で、苦しい思いをしている人もいるんですね。反対に言うと、音を聞かされている側も、苦情の度が過ぎると、加害者になってしまうということです」
もちろん、“いわゆる被害者(下階住民)”のほうが気持ち的にラクだということではありません。ただ、「相手も苦しんでいるかも」「自分も下手したら加害者になるかも」などと思えば、ヒートアップしつつあった感情がクールダウンして、結果的に、自分もラクになるのではないでしょうか。
騒音被害の記録・計測 怒りが増すだけで効果なし
音の被害の渦中にいるときは、「どうにかして静かで心穏やかな日々を取り戻したい」と切望し、本を読んだり、ネットで検索したりして、いい方法を探そうとしますよね。
そんなとき、よく目にする方法のひとつが、「いつ、どの辺りで、どんな音がするかを記録する」というもの。相手に苦情を入れるときの参考になるし、もし裁判になったら証拠になる、といった根拠からでしょう。
これについても橋本先生は「はっきり言って、音の記録は無駄な行為。音の大きさを計測することも同じですよ」と断言。
「騒音というものは、資格を持った人が、ちゃんと検定にパスした騒音計で測って初めて、裁判のときの証拠価値になる。無資格の人が、その辺で買った適当な測定器で測っても、何の価値もありません」
「骨折り損のくたびれ儲けで済めばまだいいほうで、記録したり、測ったりするということは、その都度、上階からの音に向き合わなくてはならないということで、怒りを増幅させてしまいます」(橋本先生)
「私は常々、自分をコントロールして音から意識を遠ざけるようにアドバイスしているのですが、音の記録や計測は真逆の行為。音に対する意識を集中させることになって自分が辛くなるだけですから、絶対にやめましょう」
「いざとなったら警察を呼びましょう」という記述もよく目にします。確かに、110番通報などすれば、近くの交番から警察官が駆けつけ、音源主に注意してくれたりもします。が、これもまた、ほぼ確実に逆効果になってしまうといいます。
「“静かにしないから腹いせで警察に通報してやった”という人もいるでしょうが、多くは、“本当に困っていて、致し方がなかった”という人たちではないでしょうか。“警察に言わなきゃいけないほど、あなたたちの音は響いているんですよ”と、相手に伝えたかったと」
「ですが、相手はそうは受け取りません。こちらにどんな思いがあったとしても、“警察を呼ぶ=攻撃”と受け取って態度は硬化。“ついに警察にまで通報された!”と頑なになり、音の問題は解決からどんどん遠ざかることになってしまいます」(橋本先生)
「飛び去り」という選択肢
「ちょっと気をつけてほしい」と相手にお願いしても効果なし。良かれと思って試してみた音の記録や計測は無駄な努力。警察への通報も逆効果……となると、上階からの音に悩まされている人は八方塞がりで、絶望的な気持ちにもなってしまいそうですが……。
「ひとつの希望として、上階の音の原因が幼い子どもの場合なら、状況が好転する可能性が高いことが挙げられます。例えば、親が言い聞かせたことをわかるような年齢になれば、子どもはそれほど暴れなくなりますよね。時間が経てば状況は変わるということを、頭に入れておくといいですね」
中には、子どもだけでなく家族の誰かが、連日、早朝から深夜まで軽量・重量問わず、床衝撃音を立てる上階住民に悩まされている、といったケースもあるようですが……。
「これまでお話ししてきたようなことは、あくまで常識的な人を想定していることです。しかし中には、常識が通用しない人が存在するのも事実です。ですので、いくら言っても通じない相手には、節度を求めても無理だし、こちらの寛容も役に立たないし、双方のコミュニケーションも成立しないのではないかと思います」
その場合はどうしたら?
「できることとして、まず考えられるのは、自分の気持ちをコントロールして音から意識を離す。つまり、気にしないようにすることです。まぁ、これが簡単にできれば、みなさん、悩んだりはしないのでしょうが……。でもぜひ、気持ちの切り替えにトライしてみてください」(橋本先生)
それでも、どうしてもダメなときは?
「“ファイトorフライト”という言葉があります。“戦うか飛び去るか”なのですが、どうにもならないときには、戦うのではなく、飛び去ることをお勧めします。つまり、引っ越しですね」
「納得できないかもしれませんが、賃貸であれば、さっさと飛び去ったほうが清々して暮らせると思います。分譲の場合は、なかなかキビシイとは思いますが……。やれるだけのことをやってもダメなら、飛び去りの選択肢も視野に入れておくべきではないでしょうか」
「もちろん、ご自分たちで納得した上でなら、ファイトの選択もありだとは思います。要するに裁判です。ただ、長い道のりになるでしょうし、マンションの騒音の場合、勝算もなかなか厳しく、勝てたとしても、慰謝料など微々たるもので……。そんなことを考えると、潔く飛び去りの決断をするほうが、長い目で見ると、幸せなのではないでしょうか」(橋本先生)
なかなかシビア……。でも、ここでお話ししているのは、相手が例外中の例外の人だった場合。音を階下に響かせていたとしても、多くは、常識的な普通の人たちです。そこに希望を持って、橋本先生のアドバイスを参考に、相手と、そして自分と向き合っていきましょう。
【「マンションの騒音問題」は全3回。「騒音問題に巻き込まれないために必要なこと」についてお聞きした第1回、「騒音の“苦情を寄せられた場合”の対処法」について伺った第2回に続き、最後となるこの第3回では「騒音の“被害に苦しんでいる場合”の対処法」について、騒音問題総合研究所代表の橋本典久さんに教えていただきました】
(取材・文/佐藤ハナ)
橋本 典久
福井県生まれ。東京工業大学・建築学科卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。我が国での近隣トラブル解決センター設立を目指して活動中。
福井県生まれ。東京工業大学・建築学科卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。我が国での近隣トラブル解決センター設立を目指して活動中。