
──書籍化にあたり連載を読み返しての印象は?
矢部さん:「誘われているけど、行きたくない」という話が何回も出てきて、同じようなことで悩んでいるな……と思いました(笑)。
できないことはできないし、気になることはずっと気になるから、悩みはそう簡単に解決しないということがわかったかもしれません。だから悩みに対してすぐに簡単な答えを出すのではなく、何度も考えて、持病みたいに抱えて生きていくことができたらいいなと思っています。
僕が繰り返し描く「他者の評価が全てではない」
──今回の書籍のタイトルを『ご自愛さん』とした理由を教えてください。
矢部さん:相手のことを思って「ご自愛ください」と言うように、自分にも言おう。この連載では、そういうことをずっと描いているなと感じたんです。自分で自分の悩みを心にとどめて漫画にするというのは、自分をいたわることに近いのかなと考え、このタイトルにしました。

──『ご自愛さん』に出てくる感情や悩みは子育て中の親にも「あるある!」と響くものがたくさんありました。子育て世代に向けて矢部さんがとくにおすすめしたいエピソードは?
矢部さん:とくに「こういう人たちに向けて」という気持ちで描いてはいないので、基本的には読む方それぞれが選んでくだされば……と思います。エピソードの「くらべる」は、僕自身の体験を描いていますが、「他者の評価が全てではない」というのは、僕が繰り返し描いていることのひとつかもしれません。
僕の漫画が初めて文庫で発売された同じ日(2024年6月26日)に、ガブリエル・ガルシア゠マルケスの『百年の孤独』が初めて文庫化され、書店に並びました。ガルシア゠マルケスさんは有名な文学賞(※世界最高峰の「ノーベル文学賞」)を受賞されているコロンビアの作家で、「『百年の孤独』は文庫化されたら世界が滅びる」と言われていたような話題作。
それと比べてしまってつらかったという話ですが、そもそも比べるようなところではないんですよね(笑)。
僕は“同じ発売日”を比べる軸にしていたわけですが、「同じ発売日に発売されたから、なんなんだ?」と思えば気にならなくなるというか。
同じ文庫で僕の本より売れているものはたくさんあるのに、そこは気にならず、「同じ発売日」だから同じ土俵に乗っているように思ってしまう。ふたつは本来、まったく関係ないことなのにね。
「同じ年だから」「同じ学年だから」「同じ性別に生まれたから」と知らないうちに同じ土俵に挙げられて比べられ続けることが、こういった気持ちを生む原因になっているようにも思います。だからそれを取っ払ってあげるというのが、保護者の方にできることなのかなと思います。

──矢部さんの周りにも、子育てされている方がおられると思いますが、矢部さんから声をかけるとするなら、どんな言葉をかけたいですか。
矢部さん:いやー、僕からかけられるような言葉はないです。皆さん、それぞれで一生懸命に暮らしていて、お会いしたことのない方々に、僕から何かを言うなんてできないなと思うんです。
──矢部さんは漫画を描く際に、どのようなことを意識していますか?
矢部さん:僕はすごく個人的なことを描く、ということが大事だと思っています。それが誰かの個人的なことにつながればいいな、という気持ちです。たとえば「子育て世代の方に、僕がどのような言葉をかけられるか」というのは、難しいことだなと思っていて。
何も知らないのに「頑張れ」とは言えないし……。僕にできることはこういう漫画を描くことや、自分の仕事をすること。誰にでも当てはまるように大きく広い言葉で何かを言うより、もうちょっと小さい範囲を大切にしたいです。それぐらいしかできないので。
─・─・─・─・
矢部太郎さんインタビュー第2回は矢部さんの子ども時代について伺います。
取材・文/木下千寿

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木下 千寿
福岡県出身。大学卒業後、情報誌の編集アシスタントを経てフリーとなる。各種インタビューを中心に、ドラマや映画、舞台などのエンターテイメント、ライフスタイルをテーマに広く執筆。趣味は舞台鑑賞。
福岡県出身。大学卒業後、情報誌の編集アシスタントを経てフリーとなる。各種インタビューを中心に、ドラマや映画、舞台などのエンターテイメント、ライフスタイルをテーマに広く執筆。趣味は舞台鑑賞。
矢部 太郎
1977年、東京都生まれ。1997年にお笑いコンビ「カラテカ」を結成。芸人としてだけでなく、舞台やドラマ、映画で俳優としても活躍している。 マンガの代表作として『大家さんと僕』『ぼくのお父さん』(ともに新潮社)、『楽屋のトナくん』(講談社)、『マンガ ぼけ日和』(かんき出版)、『プレゼントでできている』(新潮社)などがある。2025年6月、最新作『ご自愛さん』(PHP研究所)が発売。
1977年、東京都生まれ。1997年にお笑いコンビ「カラテカ」を結成。芸人としてだけでなく、舞台やドラマ、映画で俳優としても活躍している。 マンガの代表作として『大家さんと僕』『ぼくのお父さん』(ともに新潮社)、『楽屋のトナくん』(講談社)、『マンガ ぼけ日和』(かんき出版)、『プレゼントでできている』(新潮社)などがある。2025年6月、最新作『ご自愛さん』(PHP研究所)が発売。