【妊婦の感染症】「トーチ症候群」 毎年3000人以上が感染する「サイトメガロウイルス」を専門家が解説

産婦人科医・竹元葉先生に聞く、「妊婦が気を付けたい感染症・トーチ症候群」 #3 サイコメガロウイルスと単純性ヘルペスについて

産婦人科医:竹元 葉

トーチ症候群でもっとも頻度が高いサイトメガロウイルスとはどのような感染症なのでしょうか?  画像:アフロ

妊娠中に初めて感染すると赤ちゃんへのリスクが大きい「トーチ(TORCH)症候群」について、産婦人科医・竹元葉先生に教えてもらう3回目。

今回は、トーチ症候群の中でも最も頻度が高いRの感染症・サイトメガロウイルスとHの単純性ヘルペスの症状と予防法をお聞きしました。

(全3回の3回目。1回目を読む2回目を読む

竹元 葉(たけもと・よう)
2009年順天堂大学医学部卒業、2016年世界保健機関インターンシップ、2017年順天堂大学大学院卒業。同年、はぐくみ母子クリニック勤務を経て、2019年女性のみのスタッフで診療する「sowaka women’s health clinic」を開業。医学博士、日本産科婦人科学会産婦人科専門医、女性のヘルスケアアドバイザー、ガスケアプローチ認定アドバイザー、妊産婦食アドバイザー。

トーチ症候群の中で最も頻度が高いサイトメガロウイルス

──サイトメガロウイルスは、あまり聞き慣れない感染症ですが、どのような病気なのでしょうか。

竹元葉先生(以下、竹元先生):サイトメガロウイルスという、ウイルスによる感染症です。サイトメガロウイルスは、トーチ症候群の中で一番頻度が高いと言われており、毎年およそ3000人以上の赤ちゃんが感染し、そのうち1000人程度に障がいが残ります。

ウイルスは主に唾液や尿などに含まれていて、それに触れた手から感染します。日本では比較的抗体を持っている妊婦さんが多く、約70%以上は抗体を持っているとされていますが、残り30%は抗体を持っていません。

予防方法は手洗いや子どもと食器を分けること

──感染するとどのような影響があるのですか。

竹元先生:妊娠中、このウイルスに初感染すると胎児が低出生体重になったり肝臓や脳に異常をきたしたり、精神発達障害が起きたり、難聴になったりなど重篤な症状が出ることが知られています。

子どもから感染することも多いので、2人目以降を妊娠中のママや、保育関係の仕事をしている方は、日常生活でも注意して過ごしたほうがいいでしょう。

例えば、家族内で食器を別々にする、飲み物や食べ物を共有しないようにする、おむつ替えのときに手袋をする、いつも以上にこまめに手洗いをするなど。これらの注意で感染リスクを下げることができます。

難聴は成長してから症状が出ることも

──感染した場合の症状についても教えてください。

竹元先生:サイトメガロウイルスは、ママが感染しても無症状のことが多く、出たとしても風邪のような症状なので、感染に気づかないこともよくあります。また、ママが感染していると約4割で胎児感染しますが、胎児感染のうち約8割が無症状とも言われています。

そのため、ママが感染しても赤ちゃんが感染しても、いずれにしても見逃されてしまうことがとても多いのです。

しかし、生まれてすぐのころには無症状だったとしても、後々後遺症が出てくることもあるので注意が必要です。サイトメガロウイルスに感染した赤ちゃんの10~15%に後遺症が残るとも言われており、成長してから難聴になったり、精神発達の障害が出たりする例が一定数あるからです。

──成長してから難聴などの症状が出ることもあるのですね。

竹元先生:トーチの中でも、サイトメガロウイルスは最も後遺症が残る子どもの数が多いとも言われているのですが、なかでも心配なのが難聴です。今は、生まれた後、すぐに赤ちゃんの聴覚スクリーニングテストを導入している病院も多くあります。

ただ、風邪症状があっただけで検査をするべきかどうかは議論があるところですが、後遺症として難聴があることを知っているのと、知らないのとではその後のフォローアップ体制が大きく変わります。ですから、妊娠中に風邪症状など、気になることがある場合は、かかりつけ医に相談をしておくと安心ですね。

単純性ヘルペスに初感染の場合は原則として帝王切開

──単純性ヘルペスとはどのような病気でしょうか。

竹元先生:単純性ヘルペスウイルスが、皮膚や粘膜に感染することで起こる感染症です。性行為によって感染し、ママから赤ちゃんへの感染は、主に出産時の産道感染によって起こります。

単純性ヘルペスの症状は、口の周りや眼、外陰部などに水泡ができて、強い痛みを伴うことがよくあります。単純性ヘルペスに新生児が感染すると、肺炎を起こしたり中枢神経に異常を来したりなど、重症化することがあるので注意が必要です。

──感染した場合はどうなるのですか。

竹元先生:分娩時に膣や外陰部にヘルペスの病変が認められた場合は、赤ちゃんを感染から守るために、原則として帝王切開になります。

症状が出ていなくても日本人の多くが潜在的に感染していると言われていますが、初めて感染したときに特に重篤な症状が出ます。そのため、分娩の1ヵ月以内に初感染を起こした場合も、原則として帝王切開になります。

単純性ヘルペスは、本人にも自覚症状があったり、目で見て感染が分かったりなど、感染していることが分かりやすいという特徴があるため、トーチ症候群のなかでも管理しやすい感染症だといえます。感染した場合は抗ウイルス薬の内服などで治療を行います。

症状が出たら放置せずに受診を

──予防法はどうすればいいのですか。

竹元先生:実は予防法については、あまり効果的なものはありません。すでに感染している場合、ウイルスを体内から完全に排除することは難しいからです。ヘルペスウイルスは普段は体内に潜んでいて、寝不足だったり疲れていたり、ストレスがたまったりすることによって免疫力が落ちたときに出てきます。症状が出たら抗ウイルス薬で治療ができますが、予防することは難しいのです。

ですから、ヘルペスにならないようにと神経質になるよりは、なってしまったら速やかに治療をするくらいの意識がいいと思います。なかには痛みがないからといって放置してしまうという人もいるのですが、症状が現れたらすぐにかかりつけ医を受診しましょう。

5類に移行してからも感染対策の意識を忘れずに

──最後に、妊婦さんが感染症で気を付けるべきことについてアドバイスをお願いします。

竹元先生:2023年5月に新型コロナウイルス感染症が5類に移行してから、感染対策の意識が薄れてきているような印象を受けています。

私は日々妊婦さんに接していますが、妊娠に気づかず薬を飲んでしまったことなどは非常に気にするのに対して、感染症のリスクに対しては無防備に見える妊婦さんも少なくありません。

そこで感染症からママと赤ちゃんを守る6つのポイントを挙げてみました。

感染症からママと赤ちゃんを守るポイント

◯石けんを使ってしっかり手洗いをする
◯人混みに行く際にはマスクを着用する
◯肉はしっかり加熱する
◯子どもと食器や箸などを分ける
◯性行為にはコンドームを使う
◯妊娠中でも打てるワクチンは、きちんと打つ

妊娠中の感染症は、子どもに後遺症を残すリスクがありますから、感染してからでは遅いため、予防がとても重要です。

インフルエンや新型コロナウイルスは妊娠中でも打つことができますし、トーチ症候群の中でも日常生活で注意することで少しでもリスクを避けることができます。

安心して妊娠生活を送るために、パートナーやご家族の方へも知っていただき、安全に過ごしてほしいと願っています。

───◆─────◆───

新型コロナウイルス感染症が5類に移行したとしても、引き続き感染対策の意識を持つことが赤ちゃんを守ることにつながります。

ママとパートナー、ご家族の方は、大切なお腹の赤ちゃんを守るために、妊娠中の感染症予防のポイントを忘れずに日々、過ごしていきましょう。

取材・文/横井かずえ

トーチ症候群の連載は全3回
1回目を読む。
2回目を読む。

たけもと よう

竹元 葉

Takemoto Yo
産婦人科医

2009年順天堂大学医学部卒業。2011年順天堂大学産科婦人科学講座入局、2016年世界保健機関インターンシップ、2017年順天堂大学大学院卒業。同年からはぐくみ母子クリニック勤務。 2019年女性のみのスタッフで診療する「sowaka women’s health clinic」を開業。医学博士、日本産科婦人科学会産婦人科専門医、女性のヘルスケアアドバイザー、ガスケアプローチ認定アドバイザー、妊産婦食アドバイザー。 https://sowaka-cl.com/ https://www.instagram.com/sowaka.clinic/?hl=ja

2009年順天堂大学医学部卒業。2011年順天堂大学産科婦人科学講座入局、2016年世界保健機関インターンシップ、2017年順天堂大学大学院卒業。同年からはぐくみ母子クリニック勤務。 2019年女性のみのスタッフで診療する「sowaka women’s health clinic」を開業。医学博士、日本産科婦人科学会産婦人科専門医、女性のヘルスケアアドバイザー、ガスケアプローチ認定アドバイザー、妊産婦食アドバイザー。 https://sowaka-cl.com/ https://www.instagram.com/sowaka.clinic/?hl=ja

よこい かずえ

横井 かずえ

Kazue Yokoi
医療ライター

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2