「絵本は言語習得にぴったりのメディア」『第1回 読者と選ぶ あたらしい絵本大賞』特別審査員・ 辻晶さんインタビュー〔前編〕
IRCN赤ちゃんラボの研究者が注目する「絵本の読み聞かせ」の効果
2025.01.15
辻 Kuhl教授の実験の結果、外国語のビデオを見せられた赤ちゃんたちよりも、直接人に話しかけられた赤ちゃんのほうが、スムーズに新しい言語を覚えることができるということが分かりました。
私はその実験結果を発展させて、「会話」ができるZoomなどのオンラインコミュニケーションツールを使った場合では、画面の状況やどんなやり取りが、言語発達に繫がるのかを調べています。
例えば、かわいいキャラクターが動く画面を親子に見せます。大人がキャラクターを目で追うと、赤ちゃんも同じように目を動かします。でも、大人が反応しない場合は、赤ちゃんも反応しません。つまり、赤ちゃんは画面そのものではなく、近くにいる人の反応を見たり感じたりする「脳の社会的領域の刺激」によって、言語や行動を覚えていくのです。その結果から、やはり言語の習得には人間的な反応が重要だという考え方のもと、研究を行っています。
──画面上でもやり取りの有無で反応が違うという結果は、とても興味あります。辻さんは、東京大学赤ちゃんラボの研究で、『言語と視覚で予測脳を育む! かわりえ えほん かたちで ぱっ!』『言語と視覚で予測脳を育む! かわりえ えほん もようで ぱっ!』(ともに作・絵:かしわらあきお/監修:辻晶/鈴木出版)など、絵本の監修もなさっています。
言語習得の研究をしている中で、「絵本」はどんな存在なのでしょう。また「絵本」に目を向けるようになったきっかけを教えてください。
辻 私は実践的な研究にも関わっていて、フランスの保育園教育者向けに、言語発達応援プログラムを作ったことがあります。そこでのアドバイスのひとつが、絵本の読み聞かせです。
子どもの言語能力の発達には、「たくさん話しかける」ことが必要です。ですから、絵本を読み聞かせるだけでも自然と言葉が増えていきますが、実は話しかけるだけでなく、言葉のバリエーションを増やしていくことが重要であることがわかりました。絵本には、日常では使わない言葉もたくさん出てくるでしょう。ですから絵本を読み聞かせると、子どもは自然に言葉を覚えることができるだけでなく、語彙が豊富になるのです。
絵本の良さはほかにもあります。例えば「りんご」の絵本を読み聞かせたときに、読み手が絵本の内容と関連づけて、りんごを食べる話を子どもに聞かせたとします。そうやってひとつの単語をいろいろな文脈で使うことによって、自然に文法を覚えたり、表現が増えたりします。ですから、絵本を読み上げるときに「ときどき自分の言葉で話してあげてください」とアドバイスしています。
──会話が重要ということですか?
辻 そうです。絵本を読みながら、子どもの興味があるものについて話したり、「これはなんだったかな?」と子どもに質問したりすると、言語的な働きかけと社会的な働きかけが同時にできるのです。いつもと違う言葉や表現を使って話そうと思うと難しいですが、親子で話しながら絵本を読むだけで、それが自然とできてしまうのがすばらしいですね。新しいものに触れて驚くことで、赤ちゃんの脳も発達するのです。
──絵本は、言語習得の入り口としてとても適しているメディア、ツールなんですね。
赤ちゃんは刺激を求めている!? 赤ちゃん絵本の役割とは
──「あたらしい絵本大賞」では、赤ちゃん絵本の応募も楽しみにしています。そこでお伺いしたいのですが、赤ちゃんに絵本を読み聞かせをしたときに、自分が好きなものが出てくると大喜びします。一方で、知らないものが出てくるのも好きなんですよね。絵本で見たり聞いたりして受けた「驚き」が、赤ちゃんの感覚や刺激と結びつくということでしょうか?
辻 そうですね。「親しみのあるもの」と「新しいもの」のバランスは、けっこう重要です。ほとんどの赤ちゃんは「繰り返し」が大好きでもあるし、「初めてのもの」にも興奮します。では保育者としてどうすれば良いかと言いますと、イメージとしては、「親しみのあるもの」の中に、ちょこちょこっと「新しいもの」を入れていくことでしょうか。その割合は個人や年齢によって違うので、具体的なバランスを示すのが難しいのですが、意外と自然に、赤ちゃんの注意や様子を観察しながら決まってくると思われます。
──最近日本では、書店の赤ちゃん絵本コーナーがとても充実しています。絵本作家さんや出版社さん、そして読者の方も、「赤ちゃんと絵本」の関係に高い関心を寄せていることを実感します。ドイツ、オランダ、アメリカ、フランスとたくさんの文化に触れられてきた辻さんから見て、日本の赤ちゃん絵本を読んだ感想はいかがですか?
辻 日本の絵本はすごく想像力が豊かで、新しい切り口がたくさんあると思います。私が監修したようなしかけ絵本や、『ころりん・ぱ!』(作:ひらぎみつえ/出版社:ほるぷ出版)などの赤ちゃん向けしかけ絵本をフランスの友だちに贈ると、すごく喜ばれます。ヨーロッパの絵本にも、素材を変えたり音楽が流れたりするものはありますが、動かすとなにか変化があるという絵本はあまりないんですね。日本はやっぱり「紙の国」だから、紙でいろいろな工夫がある絵本は、特徴的だなと思っています。
逆に日本ではあまり見かけないけれど、ヨーロッパで見かける絵本もあります。