平均年収443万の日本・女性4人に1人が「生涯子なし」…雇用環境が「子どもを産ませない社会」の背景に

正社員でも派遣でも「出産」厳しい 

ジャーナリスト:小林 美希

平均6割が妊娠後に仕事を辞めている日本社会。なぜそうなってしまうのか。(写真:アフロ)

ケース2:不動産会社で働く秋山杏子さん(仮名、54歳)

「私が大学を卒業したのが1991年。就職活動はバブル崩壊の直前でした。中小企業ですが不動産会社に一般職として正社員採用されました。

女子社員の仕事は『お茶くみ』ということに疑問を感じて、宅地建物取引士の資格をとるなど努力を重ねていくと、希望していた営業部に異動することができました。

営業成績が良くても『女だから契約が取れていいよな』と嫌味を言われました。だから、男性社員の2倍、3倍の努力をして、ずば抜けた成績でいなければならない。肩肘を張って頑張り続け、営業成績トップを取り続けました。

一般職の女性社員は、結婚すると退職する『寿退社』が当たり前でした。営業職では私が女性第1号だったので、結婚や出産はどこか遠い世界のように思えました。それでも、『仕事に一生懸命なところが好きだ』と言ってくれる男性がいて、35歳で結婚しました」

女性は「寿退社」が当たり前だった時代、キャリアを築くためには男性以上に働いて結果を残さないと、認めてもらえなかったケースも。(写真:アフロ)

「今なら35歳での結婚は珍しくもないと思いますが、当時の雰囲気としては『遅い結婚』でしたから、『子どもは望まない結婚』でもありました。夫も『仕事人間』ですから、私たちは、いわゆる『Double Income No Kids』の『DINKS(ディンクス)』カップルですね。

私が『出産適齢期』の時代は、女性がキャリアを築くためには男性以上に働いて結果を残さないと、認めてもらえませんでした。子どもをもつなんて選択肢は最初からなかった。同じような経験をした女性の友人は周りにもたくさんいます。『生涯子なし』の女性が4人に1人というのは頷けます。

ただ、20~30代の女性を見ていても、全体として昔とあまり変わっていないと思うのです。

正社員でも、周りに迷惑になるからと妊娠を躊躇しています。せっかくキャリアを積んでも、妊娠すると『産後に同じようには働けない』と辞めていくのです。仮に仕事を続けていても、正社員ではなく、パートに変更せざるを得ない人が多いのです。

結局は、女性が出産でキャリアを断念せざるを得ない状況が何十年も、大きくは変わっていない。子どもを産まない、産めない、というのは、そうした社会への無言の抵抗とも言えるかもしれません」

平均6割が妊娠後に仕事を辞めている

【解説】国立社会保障・人口問題研究所(社人研)が5年ごとに行う「出生動向基本調査」では、妊娠前から働いている女性のうち第1子の出産を機に退職した割合は、2015~19年で約30%となっている。1985~89年の調査では約60%が退職していたのに比べると、大きく改善したように見える。

しかし、社人研が尋ねている「就業継続」には注意が必要だ。

調査方法の定義では、仕事が変わっていても妊娠判明時と子どもが1歳のときに就業していれば「就業継続」に含めている。仮に「妊娠解雇」や「育休切り」に遭っても、なんとか違う仕事に就いていれば「就業継続」としてカウントされてしまう。そのため、社人研の調査をもって「改善」とはいいがたい。

一方、労働組合の連合が2015年に行った調査(※)では、「妊娠後に、その当時の仕事を続けたか、辞めたか」を聞いている(※「働く女性の妊娠に関する調査」)。

すると結果は、正社員でも5割が妊娠を機に退職。非正規雇用では7割に上り、平均で6割が妊娠後に仕事を辞めている。これが現実なのだ。

女性の雇用が非正規化している問題を直視し、「仕事か」「妊娠・出産か」の二者択一を迫られる状況を改善しない限り、少子化の流れが止まることはないだろう。『産ませない社会』からの脱却のカギとなるのは、雇用の安定だ。

【日本社会の現実から「少子化の原因と対策」を考える連載は全3回。第1回では夫婦ともに平均年収でも「普通の生活」が厳しい現状を紹介し「沈む中間層」問題を解説。第2回では「子どもか仕事か」の選択を迫られた事例を通して「女性の非正規雇用問題」を解説。第3回では2人の保育士のケースを紹介、「平均年収以下」で働きながら子育てをする現状について考える。】

【参考・引用】
労働力調査(基本集計)2022年(令和4年)(総務省統計局)
令和2年版厚生労働白書 出生数、合計特殊出生率の推移(厚生労働省)
働く女性の妊娠に関する調査(日本労働組合総合連合会)
2021 年社会保障・人口問題基本調査 <結婚と出産に関する全国調査>(国立社会保障・人口問題研究所)

年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活
32 件
こばやし みき

小林 美希

Miki Kobayashi
ジャーナリスト

1975年茨城県生まれ。水戸第一高校、神戸大学法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年よりフリーのジャーナリスト。就職氷河期の雇用、結婚、出産・育児と就業継続などの問題を中心に活躍。2013年、「「子供を産ませない社会」の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。著書に『ルポ 正社員になりたい』(影書房、2007年、日本労働ペンクラブ賞受賞)、『ルポ 保育崩壊』『ルポ 看護の質』(岩波書店)、『ルポ 産ませない社会』(河出書房新社)、『ルポ 母子家庭』(筑摩書房)、『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)、『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』(講談社)など多数。

1975年茨城県生まれ。水戸第一高校、神戸大学法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年よりフリーのジャーナリスト。就職氷河期の雇用、結婚、出産・育児と就業継続などの問題を中心に活躍。2013年、「「子供を産ませない社会」の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。著書に『ルポ 正社員になりたい』(影書房、2007年、日本労働ペンクラブ賞受賞)、『ルポ 保育崩壊』『ルポ 看護の質』(岩波書店)、『ルポ 産ませない社会』(河出書房新社)、『ルポ 母子家庭』(筑摩書房)、『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)、『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』(講談社)など多数。