ブロンズヘアとセーラー服がトレードマーク。幼少のころから魚と親しみ、“令和のお魚王子”としてメディアからも注目されている、鈴木香里武(すずき・かりぶ)さん。
漁港の岸壁で幼魚を採集し、観察する「岸壁幼魚採集家」として知られていますが、大学1年で起業した「株式会社カリブ・コラボレーション」代表取締役、「幼魚水族館」館長、作家・荒俣宏氏が立ち上げた海好きコミュニティ「海あそび塾」塾長、専門学校講師、高IQ団体「メンサ」会員、それでいて大学院生!?
実にあらゆる肩書を持ち、その活躍ぶりは多岐にわたります。
香里武さんって、一体何者……? 第1回は、ヴェールに包まれた香里武さんの“謎”に迫ります。
※全4回の1回目
鈴木香里武(すずき・かりぶ)PROFILE
岸壁幼魚採集家、「株式会社カリブ・コラボレーション」代表取締役社長、「幼魚水族館」館長。子どものころから魚に親しみ、学習院大学大学院で観賞魚の印象や癒やし効果を研究した後、現在は北里大学大学院で稚魚の生活史を研究。メディアやイベントへの出演、執筆をはじめ、海や魚の魅力を伝えるさまざまな活動を行っている。
“カリブ”の名付け親は明石家さんまさん
──香里武(かりぶ)さんって、とても素敵なお名前ですね。
鈴木香里武さん(以下、香里武さん) ありがとうございます。よく芸名に間違われるのですが、本名なんです。実は、明石家さんまさんに付けていただきました。
当時、両親はラジオ番組の制作に携わっていて、さんまさんに大変お世話になっていて。
あるとき、母が「子どもには、海にちなんだ名前を付けたいんです」と話したら、「カリブでええやん!」と。両親の新婚旅行先がカリブ海だったのを知っていて、そう言ってくださったみたいです。
すぐに覚えてもらえますし、今こうして魚や海にかかわるお仕事をしているので、これほど親和性のある名前はほかにないですよね。
名字の鈴木(スズキ)が魚の名前、香里武(カリブ)が海の名前、3月3日生まれのうお座で、誕生石は海の石・アクアマリン。そして、名付け親はさんまさん! これはもう、魚の仕事をする運命なのだろうと思っています。
──運命としか言いようがないですね(笑)。香里武さんといえば、お名前と同じぐらい、ブロンズヘア&セーラー服のスタイルが印象的です。
香里武さん よくメディア向けのキャラ作りだと誤解されるのですが、15歳のときから、ずっとこのスタイルを続けています。
ちょうど黒髪をやめたいと思っていた時期に、たまたま『ベニスに死す』という映画を観まして。そこに登場する金髪にセーラー服の少年・タジオ(ビョルン・アンドレセン)が、とても素敵なオーラを放っていたんです。「これだ!」と思いました。
セーラー服って、本来は船乗りの服。これから魚や海の活動をしていくうえで、自分にとってのユニフォームになるなと。
黒髪も金髪にして、自分らしくいられるスタイルを確立してから早16年(2023年現在)になります。ビョルン・アンドレセンは“絶世の美少年”と称された俳優ですから、自分からはあまり言いませんが(笑)、彼の影響は大きいです。
──15歳というと、高校1年生? 学校の友人や先生は、ビックリしませんでしたか?
香里武さん おそらく僕は、クラスの中でいちばんそういうことをやりそうにない子どもでした。周りとはひとこともしゃべらず、最前列で授業を受けて、終わったらサッサと帰るタイプで。
そんな人間が、いきなり3学期の始業式に金髪で現れたわけですから、クラス中が一瞬シーンと静まり返った後、ザワつきましたね。
でも、そもそも友達もいなかったですし、からかわれることはなかったです。「どうしたの?」と聞いてきた子には、「地毛に戻したんだよ」と返すと、なぜか信じてくれました。これも“カリブ”という名前のおかげですね(笑)。
初等科(小学校)から学習院に通っていたのですが、高等科(高校)になると髪色に関する校則は意外と自由。注意は受けませんでした。
ただ、その日のうちに職員会議になったみたいです。議論の結果、グレたわけではなさそうだからと、見守っていただきました(笑)。
運命を変えたさかなクンとの出会い
──現在、幼魚にまつわる活動をされていますが、そもそも幼魚を好きになったきっかけは何だったのでしょうか?
香里武さん 両親が海好きで、僕が0歳のころから、休みになると沼津あたりの海に連れていってたんです。海といっても、海水浴場や磯ではなく、なぜか漁港。
隅にビニールシートを敷いて、まだ寝返りも打たない僕を寝かせたまま、ふたりはタモ網を持って魚を捕りに行っていたとか。地元の漁師さんに「子どもをひとりにするな!」と、ずいぶん怒られたらしいです(笑)。
そんなふうに育ったので、好きになったきっかけも何もなく。0歳のころには当たり前のようにタモ網を持ち、気づいたら海を覗き、魚をすくっていました。
生まれたときから家に水槽があって、捕まえた魚が泳いでいるような環境で育ったので、魚のいない生活なんて考えられないですね。
──魚の中でも幼魚の魅力とは何でしょうか?
香里武さん ひとことでいうと、“生きざまのカッコよさ”。幼魚は体が小さいので、成魚と違って相当な努力をしないと、大海原で生き抜けません。
敵に見つかったら食べられるし、闘う力も逃げる力もないから、小さな体の中に生き残る工夫がものすごく詰まっています。
さらにすごいのが、魚が10種類いたら、10通りの進化を遂げているところ。その多様性と壮大な生きざまに、年々のめりこんでしまいました。
──魚といったら、さかなクンという大先輩がいます。香里武さんにとって、どんな存在でしょうか?
香里武さん 小学生のとき、初めてテレビでさかなクンを観たときは衝撃を受けました。今まで思い描いていた魚の研究者像とはまったく違う、でも、確実に魚の専門家であると。
「絶対に会いたい!!」と思って、なんとかツテをたどり、「サンシャイン水族館」で対面させていただくことができました。
さかなクンにとっても、当時、ここまで魚にのめり込んでいる小学生はめずらしかったのでしょうね。意気投合して、〈こざかなクン〉という名誉ある称号まで頂戴して、それから20年以上いろいろなことを教えていただいてます。僕にとって大切な師匠のひとりです。
──さかなクンからは、どんな影響を受けましたか?
香里武さん たくさんあるのですが、魚を“個”で捉える意識でしょうか。通常、魚は“種”で捉えるものですが、さかなクンはそうではなく、100匹いたら100匹顔が違うと。それぞれに個性があり、動きも性格も違うと、自然と見ている方なんですね。
例えば、カクレクマノミが100匹ぐらいいる水槽を見て、その1匹を指さして「この子は半年前にもいたな」と言うんです。とても信じられなくて「なんでわかるんですか?」と聞いたら、「だって、クラスメイトの顔は全員わかるでしょ?」と。ビックリしました。
今後、さかなクンのような人は絶対に現れないと思います。僕がどんなに勉強しても、研究しても、彼のようにはなれない。じゃあ、どうやって自分なりに魚の魅力を伝えようか考えたとき、違うジャンルとコラボして、魚に興味のない人にも、魚の世界の入り口を開こうと。
そうして大学1年のとき、あらゆるスペシャリストたちをコラボレーションする企画会社「株式会社カリブ・コラボレーション」を起業しました。これも、さかなクンに出会ったからこそ、考えついたことだと思います。