令和の駄菓子屋が「移動式」に大変身! 飯田市「三穂の駄菓子カー」&三島市「おたまちゃん食堂」が創るたいせつな場所
シリーズ「令和版駄菓子屋」#5‐1 「移動式駄菓子屋」~三穂の駄菓子カー(長野県飯田市)、おたまちゃん食堂(静岡県三島市)~
2024.01.26
ライター:遠藤 るりこ
今、車に駄菓子を積み販売する「移動式駄菓子屋」が注目されています。
実店舗を構えない移動式駄菓子屋だからできることや、いろんな場所を行き交う中で見えてくる子どもたちの様子とは? さまざまな想いを乗せて走る移動式駄菓子屋は、子どもたちにどんなことを届けたいのでしょうか。
長野県飯田市の「三穂の駄菓子カー」、静岡県三島市の「おたまちゃん食堂」にお話を聞きました。
※1回目(全2回)
いろいろな経験を子どもたちに
長野県飯田市三穂(みほ)地区。地域の図書館職員として働いていた今村沙月(いまむら・さつき)さんが立ち上げた移動式駄菓子屋が、「三穂の駄菓子カー」です。
地元の有志とともにワンデーキャンプなどを企画していた今村さんですが、コロナ禍で活動が一時ストップに。次のアクションを考えたときに思い浮かんだのが、駄菓子屋でした。
「いい物件がないかなぁと話を広げるうちに、地域が誇る重要文化財『旧小笠原家書院』に隣接し、江戸時代から続く小笠原家の隠居屋敷である『小笠原長孝記念館』(通称:御下屋敷)の管理者さんと知り合うことになりました。
かつてここで暮らしたお殿様は平場に立ち住民に愛される存在だったようで、その想いを引き継いで、この場所を地域に解放していきたいと考えていることを知ったんです」(今村さん)
ぜひお屋敷の一角を間借りして営業をさせてもらおうと、見学に行った今村さん。そこで目にとまったのは、建物の裏手に置いてあった廃車同然の軽バンでした。
「地域おこし協力隊が所持するもう動かないほどの古い車を見つけて、パッとひらめいたんですね。この車に駄菓子を並べて積んで、屋外で店を開いたら密にならないし、おもしろいよねって。
すぐに仲間のパパママたちも賛同してくれて、お父さんたちに陳列棚を作ってもらったり、駄菓子を仕入れたり。
公の事業として始めれば、地域内の回覧板などでの告知ができるし、予算を落としてもらえるので、ちゃんとした資料を作って、組合長さんが集まる会でプレゼンもしました」(今村さん)
駄菓子屋がゼロだった三穂地区に、新しい風が吹き始めます。
お買い物経験で得られるもの
廃車同然で動かなかった1台目を乗り換えて、今の駄菓子屋カーは3台目。毎週日曜日の御下屋敷での出店のほか、地域のお祭りや行事にも呼ばれるようになりました。
今村さんが大事にしているのは、一貫して「子どもたちにたくさんの楽しい経験をしてもらいたい」ということ。
「私の息子はお小遣いで買い物することに憧れていて、小学校1年生のとき、山の中に1軒だけある最短距離のコンビニに1人でお買い物へ行きました。
水筒とリュックを持たせて片道2キロの道を1人で送り出したんですが、見かけた知人に家出と間違われて(笑)。でも、子どものころのお買い物経験ってかけがえのないものなんですよね」(今村さん)
決められたお小遣いの中で、並んでいる駄菓子とにらめっこ。選んでカゴに入れ、やっぱりあきらめたりを繰り返し、最後は自分でレジでお金を払う。そんな小さな買い物経験が、子どもたちの感性を育み、学びになっていると言います。
「子どもたちには手書きの計算表を渡して、駄菓子の計算をしてもらいます。そしてお会計は、自分の買い物をタブレットのセルフレジで計算。計算表とセルフレジの金額が合っていたときの喜びって、きっと格別なものですよね」(今村さん)
ほかにも、「ポイントカードを貯めるのも、子どもたちの楽しみのひとつ」と今村さん。
「来店、マイバッグ、お手伝い、お誕生日月などでポイントが貯まるんです。自分でスタンプを押せるのも、達成感があるみたい。継続して来店することの喜びにつながりますよね」(今村さん)
毎週の出店を心待ちにする親子も増えてきました。駄菓子屋カーが生活に登場したことで、三穂の子どもたちの日々は彩られます。
「今は、小さな経験の種まきをしているんだなぁと思うことがあります。買い物へ来た大人がはしゃいでいる姿を見ると、いつかこの駄菓子屋カーが子どもたちにとっての駄菓子屋の原風景になるのかなぁなんて想像して、温かい気持ちになりますね」(今村さん)
子どもの声を待たずに拾いに行く
「おたまちゃん食堂」は、静岡県三島市を中心として活動する、地域のこども食堂。
学校に行きづらい子どもたちをサポートする場所「おたまちゃんハウス」の運営や、生活困窮世帯向けのフードパントリーなど、子ども・子育て世代へのサポートを多角的に行っています。
こども食堂を開いて2年ほど経ったころ、「ここに来られない子どもがいるという声を聞いた」と話すのは、一般社団法人おたまちゃん食堂代表の押田智子(おしだ・ちかこ)さん。
「こども食堂や、『おたまちゃんハウス』のように場所を限定すると、来られる子どもがどうしても限られてしまう。
待っているだけじゃなくて、子どもたちがいるところへこちらが出向いて声を拾わないと、と思ったんです。でも、行くなら手ぶらではなくて、何か持っていこう、駄菓子ならいいかもねって」(押田さん)
現在の活動は、原則毎月第二・第三水曜日。三島市内にある複数の公民館駐車場で、軽トラックにたくさんの駄菓子を積んだ「移動駄菓子屋さん」がオープンします。
「三島市は縦に長い地形で、地域によっては家庭の課題が多いところもあり、市内でも状況がかたよっている。駄菓子屋でのコミュニケーションを通して、これまでリサーチできてこなかった地域の子どもたちの声を拾うことができたらと思いました」(押田さん)
ただのおばちゃんがただいるだけ
「子どもたちと話すときは、こちらからおうちのことは一切言わないし、聞かない。いろいろな家庭のお子さんがいるので、お父さん、お母さんという単語を聞くだけで、テンションが下がってしまう子もいるんです。ここにきたら、“子ども対私たち”だけの関係があります」(押田さん)
駄菓子を買って、一緒に食べたり、宿題をしたり、遊んだり。何気ない瞬間の子どもの表情や話し方を見つめながら「おやっと思うことがあると情報をスタッフで共有し合うこともある」と押田さんは続けます。
「スタッフには学校の支援員さんや保育士さんもいるし、家庭の課題がありそうな子どもは、地域の民生委員にもつなぐことができる。子どもから少しずつ心を開いてもらって、小さなSOSを見逃さないようにしたい」(押田さん)
月に数回現れる移動式駄菓子屋さん。先月と比べてAちゃんの雰囲気が変わったな、なんだかBさんが元気なさそう、なんて、毎日のように接してないからこそ見えてくることもあります。
「移動する駄菓子屋というか、移動するおばちゃんなんです(笑)。月に1回、この場所があって、私たち顔見知りのおばちゃんや、ここでの友だちと会える。車を見かけるだけで、安心してくれていたらいいなと思っています」(押田さん)
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次回は、孤立する子ども・子育て世代へのアプローチを続ける移動式駄菓子屋を取材。特に、母親たちの“孤育て”に寄り添い、地域の中で子育てをしていく活動をしている「にじのこ」(福岡県水巻町)と「駄菓子屋カフェくるくる」(千葉県松戸市)の、現役子育て世代のお母さんたちに話を聞きます。取材協力
●三穂の駄菓子屋カー
長野県飯田市伊豆木 小笠原長孝記念館周辺
営業時間:毎週日曜日・夏季(5~10月)10時~12時、冬季(11~4月)14時~16時
出張や詰め合わせ販売もあり
●おたまちゃん食堂 移動する駄菓子屋さん
静岡県三島市、長泉町周辺の公民館など
営業時間:第二、第三水曜日・15時~17時ごろ
関連リンク
●三穂の駄菓子屋カー Instagram:@dagashiyacar
●おたまちゃん食堂 移動する駄菓子屋さんHP
遠藤 るりこ
ライター/編集者。東京都世田谷区在住、三兄弟の母。子育てメディアにて、妊娠・出産・子育て・子どもを取り巻く社会問題についての取材・執筆を行っている。歌人・河野裕子さんの「しつかりと 飯を食はせて 陽にあてし ふとんにくるみて寝かす仕合せ」という一首が、子育てのモットー。 https://lit.link/ruricoe
ライター/編集者。東京都世田谷区在住、三兄弟の母。子育てメディアにて、妊娠・出産・子育て・子どもを取り巻く社会問題についての取材・執筆を行っている。歌人・河野裕子さんの「しつかりと 飯を食はせて 陽にあてし ふとんにくるみて寝かす仕合せ」という一首が、子育てのモットー。 https://lit.link/ruricoe