世界中で大反響!ウクライナ支援の絵本『キーウの月』日本でついに発売へ

約60年ぶりに絵本化 イタリアの国民的作家ジャンニ・ロダーリが伝えたかったこと

大和田 佳世

キーウの月は、私たちが見上げる月と、同じ月。その光はパスポートなしで旅をする――。
金色に輝く月と、雪のような水玉模様が美しい、24ページの小さな絵本『キーウの月』(講談社)。

この絵本は、国際アンデルセン賞作家のジャンニ・ロダーリ(1920-1980)が1960年に発表した詩集に収められた一篇の作品から生まれました。
絵本『キーウの月』より

キーウの月とローマの月

「キーウの月は ローマの月のように きれいなのかな」と子どもが夜空を見上げ、月は「わたしはいつもわたしです!」「空を旅しながら みんなに光を届けます」と答えます。

ゾウや、フクロウが羽根を休める木や、川へ。そして世界各地に分け隔てなく月は光をそそぎ……、最後はさまざまな髪や肌の色の子どもたちが、お月さまにつかまってブランコ遊びを楽しむ様子が描かれます。

翻訳を手がけたのはイタリア在住のジャーナリスト、内田洋子さん。2011年『ジーノの家 イタリア10景』(文藝春秋)で日本エッセイスト・クラブ賞、講談社エッセイ賞を受賞し、『皿の中に、イタリア』(講談社)や『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』(方丈社・文春文庫)など数々の著作で知られます。

世界が賛同するウクライナ支援絵本プロジェクト

この絵本『キーウの月』誕生のきっかけは、世界各国が衝撃を受けた2022年2月末のロシアによるウクライナ侵攻。ロダーリの詩集を刊行するイタリアの出版社、Edizioni EL(エディツィオーニ エル社)が、ウクライナ救援のため「キーウの月」の詩の絵本化と、その利益を寄付すると発表したことでした。
2022年4月にイタリアで刊行された『キーウの月』の原書
「ニュースを知ってすぐ、同出版社の社長に手紙を書きました。この危機の中、イタリアで長く愛されるロダーリの詩集から『キーウの月』だけを取り出して絵本化し緊急支援につなげるなんて、出版人としても『さすがだなあ』と思わずにはいられませんでした。ロダーリを敬愛する一読者としてお礼を言いたいと思いました」

世界へも寄付をともなう翻訳出版の呼びかけがあり、ルーマニア、ギリシャ、スペイン、イギリスなどの各国出版社が手を挙げます。内田さんも日本の出版関係者に働きかけ、講談社の参加が実現しました。

「今回、『キーウの月』のプロジェクトに参加する各国の出版社は、売り上げのすべてをウクライナのために寄付をします。日本でも、売り上げによる利益、私の翻訳料、中嶋香織さんのデザイン料はすべて、イタリア赤十字社およびセーブ・ザ・チルドレンに寄付されることになっています」

「違いこそ、大切なこと」というロダーリの思い

もともと詩「キーウの月」が収められていたのは『Filastrocche in cielo e in terra』(「空と大地のうた」、1960年刊行)という子どものための詩集です。
ロダーリの詩集『Filastrocche in cielo e in terra』(空と大地のうた)
「この詩集は、星、海、魚、猫、夢に出てくる男の人など100余りの小さな詩から、楽しいものや美しいものがキラキラとこぼれ落ちてくるような本。デザイナー・アーティストとして著名なブルーノ・ムナーリが表紙を描いていて、イタリアではお馴染みのロングセラーです」

小学校の国語の先生をしていたときは、その遊び心のある授業で子どもたちに大人気だったというロダーリ。第二次世界大戦をきっかけに文章を書き始めたこと、対ナチスのレジスタンスに参加していたことも知られます。戦後はジャーナリストとしてたびたび旧ソ連も訪れていたようです。

以前、彼の代表的掌編小説の一つ『パパの電話を待ちながら』(講談社)の翻訳も手がけた内田さんは、ロダーリ作品の魅力をこう語ります。

「ロダーリの書いたものを読むと、『異なること』や『間違い』から興味深いことも生まれる、ということを積極的に受け入れ大切にしていることがわかります。“人はみんな違っていいんだ”というメッセージが伝わってくるのが、私も大好きなところです」

闇を照らすのは、同じ月

絵本『キーウの月』は、多様な人種の子どもたちがお月さまから伸びるブランコで遊ぶ絵とともに、「わたしの光は パスポートなしで旅をします」という月の言葉で終わります。
絵本『キーウの月』より
「戦争が起きるとき、戦争そのものもこわいけれど、恐ろしいのはそのとき私たちの社会に顔を出す、弱者への暴力、異なる他者の排斥、そして人々の孤立です。子どもたちをそういったものから守らなければなりません」

何より大切なのは子どもの未来だと内田さんは言います。

「ぜひ『キーウの月』をぜひ手にとって、日本のみなさんの元にこの絵本が届く意味を、どうか想像していただけたらと思います。普通の毎日を送れることがどれほど大切なことでしょう……」

続くコロナ禍と、戦争。この先が見えないトンネルのような中で傷ついている人たちへ、内田さんは呼びかけます。

「月の光はすべての境を軽々と飛び越えます。国家も人種も関係なくすべてを優しく包みます。
世界のどの場所でも、闇を照らすのは、同じ月……。さみしいとき、孤独を感じたとき、どうぞこの絵本を開いてください。お月さまは必ずそこにいます」
『キーウの月』(作/ジャンニ・ロダーリ 絵/ベアトリーチェ・アレマーニャ 訳/内田洋子 講談社)
おおわだ かよ

大和田 佳世

絵本・児童書ライター

絵本・児童書のライター。出版社勤務を経て、2009年よりフリーランスに。雑誌や、絵本・児童書情報サイトなどで執筆。作家、翻訳家へのインタビュー多数。

絵本・児童書のライター。出版社勤務を経て、2009年よりフリーランスに。雑誌や、絵本・児童書情報サイトなどで執筆。作家、翻訳家へのインタビュー多数。

うちだ ようこ

内田 洋子

ジャーナリスト

1959年、兵庫県神戸市生まれ。東京外国語大学イタリア語学科卒業。通信社ウーノアソシエイツ代表。ジャーナリスト。 2011年、『ジーノの家 イタリア10景』(文藝春秋)で日本エッセイスト・クラブ賞・講談社エッセイ賞を同時受賞。2019年にウンベルト・アニェッリ記念 ジャーナリスト賞、2020年に金の籠賞受賞。著書に、『皿の中に、イタリア』(講談社文庫)『十二章のイタリア』(創元ライブラリ)『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』(文春文庫)『デカメロン2020』(方丈社)などがある。また、ロダーリ作品『パパの電話を待ちながら』『緑の髪のパオリーノ』『クジオのさかな会計士』(すべて講談社)の翻訳を手がけている。

1959年、兵庫県神戸市生まれ。東京外国語大学イタリア語学科卒業。通信社ウーノアソシエイツ代表。ジャーナリスト。 2011年、『ジーノの家 イタリア10景』(文藝春秋)で日本エッセイスト・クラブ賞・講談社エッセイ賞を同時受賞。2019年にウンベルト・アニェッリ記念 ジャーナリスト賞、2020年に金の籠賞受賞。著書に、『皿の中に、イタリア』(講談社文庫)『十二章のイタリア』(創元ライブラリ)『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』(文春文庫)『デカメロン2020』(方丈社)などがある。また、ロダーリ作品『パパの電話を待ちながら』『緑の髪のパオリーノ』『クジオのさかな会計士』(すべて講談社)の翻訳を手がけている。