
避難訓練の内容は現場にゆだねられてきた
子どもたちが通う幼稚園や保育園、小中学校では、毎月1回以上、定期的に避難訓練を実施することが義務付けられています(※)。
「中学生までの子どもは、だいたい月に1度は避難訓練をしていることになります。でも、毎月やっているのにもかかわらず『それが本当に意味のある内容なのか』というと、そうではないのが現状なのです」
そう切り出したのは、NPO法人減災教育普及協会の江夏猛史(えなつ・たけし)理事長。
「今、全国で子どもたちが毎月のように行っている避難訓練の多くは、震災の実態にそぐわない意味のない訓練や、かえって被害が増える恐れがあるものもあるのです」と、日本大学危機管理学部の秦康範教授も嘆きます。
首都直下地震や南海トラフ地震が心配される地震大国・日本。しかし、子どもたちの保育・教育現場で行われている「避難訓練」の多くは、阪神淡路大震災以降、約30年もの間内容が変わっておらず、地域の被害想定や最新の知見に基づいた行動を取り入れたものではありません。
現在、全国的に広く行われている学校現場での避難訓練は、一体どのようなものなのでしょう。

「そもそも避難訓練の正しいマニュアルというものは存在していません。文部科学省や都道府県教育委員会が資料を出しているものの、現場は長年続けられてきたものを毎月こなしているだけの状況。避難訓練をすること自体が目的化してしまっている学校がほとんどです」(秦教授)
「訓練開始のアナウンスとともに机の下にもぐったり、その場で丸くうずくまる“ダンゴムシのポーズ”をとったりするところが多いですよね。
このような身の安全を確保すると“されている”行動を一律でとった後、集団で校庭などの広いところへ集まり、先生の話を聞く、という流れが一般的なのでは。
そこで先生から言われるのは『しゃべらず静かに集まりなさい』ということと、『集合するまで◯分かかりました』という時間の話です」(江夏さん)
スピードより大事なのは「判断」!
「火災の避難訓練であると、火もと(火が出た場所)と逃げるべき場所が定まっているため、避難のスピードが重要になります。想定される被害が火災であれば、速さを競うのは間違ってはいません。
そして、その速さを重視するうえで、走ったり、前の人を押したりするから『かけ(走ら)ない』『お(押)さない』というルールが出てくる。しかし、それはあらゆる災害に当てはまるものではないのです」(江夏さん)
広く使われている避難時向けの標語、『おかしも(おはしも)』も正しくないといいます。『おかしも(おはしも)』の意味は、①おさない ②かけ(走ら)ない ③しゃべらない ④もどらない です。
「標語『おかしも(おはしも)』は、誰しも聞いたことがあるのではないでしょうか。みんながそれを教訓として育ってきていますし、教育委員会の資料にも載っています。
しかしこれは、不特定多数の人がいる映画館や地下街など出口の狭いところからの避難、または火災などを想定した標語なんです。子どもしかおらず、いくらでも出口がある、学校のような現場や施設に見合った内容にはなっていません」(秦教授)

「話さずに移動」も正解ではない
「震災の場合、1秒でも早く校庭に出ることに意味はないし、私語で被害が拡大したなんて話も聞いたことがない」と、秦教授は一刀両断します。
「私が視察した地方の小学校では、『話してはいけない』と強く言われているものだから、声かけもせず、暗い雰囲気で淡々と避難訓練が行われていた。実際に地震が発生したら、身を守るためにみんなで声を出すべきなんです。
つまるところ、現在の避難訓練の内容や標語は、先生が児童生徒を統率し、管理するための訓練になっているのです」(秦教授)
抜き打ちの避難訓練で子どもたちがとった驚きの行動
「避難訓練の際、防災頭巾やヘルメットをかぶりましょう、と教えると、子どもたちは真っ先にそれを探します。ヘルメットをかぶれば『安全』、机の下にもぐったら『安全』ですって、それが一番危険な伝え方なんですよ。
その教え方では、子どもたちは自分に身の危険が迫っていたとしても、みんなとにかくヘルメットを取りに行くようになる。その際、危ないものが何かを見たり探したりはしないんですよね。本来は『危険』なものは何かを考えながら判断して移動し、そこ(危険)を避けつつ逃げることを教えるべきなんです」(江夏さん)
この話を裏付けるエピソードがあります。秦教授が山梨県内の小学校にて、抜き打ちで行った避難訓練の映像です。