「アーバンベア」も増加!「クマに襲われて死ぬ」のを回避する4つの鉄則 「遭遇回避」「静かに…」「NG行動」「最終防御姿勢」を専門家が解説
『これで死ぬ』の著者・羽根田治が解説するクマの対処法<山での危険を防ぐ#2>
2024.08.23
NG行動「死んだふり、食べ物を置いて逃げる、木に登る」クマに襲われて死なないための鉄則3
──ひと昔前は「死んだふり」や「食べ物を置いて逃げる」のが有効といわれていましたが、実際に効果はありますか?
羽根田:基本はNGです。「死んだふり」をして動かないでいると、クマが興味を持って近づいてきて、齧られたりどつき回されたりすることがあります。「食べ物を置いて逃げる」のは、クマに人間の食べ物の味を覚えさせてしまうことになります。絶対に避けてください。
──実際、クマがキャンプ場でテントの中の食料を食べたり、その数日後に同じ場所で人と遭遇する事件が起きていますね。食べ物の保管には、十分に気を付ける必要があるということでしょうか。
羽根田:そうですね。クマがテントに食料があることを学習した結果、食べ物を求めて再びキャンプ場にやってきたと考えられます。「人間はおいしい食べ物を持っている」とクマが学習すると、次々と犠牲者が出る可能性があるので、充分に気をつける必要があります。フードロッカーがあるキャンプ場ではそれを、なければフードコンテナを利用するのがいいでしょう。
──クマに遭遇した際、逃げるために「木に登る」のは有効でしょうか?
羽根田:「木に登る」のはNGです。クマは木登りが得意ですから、目の前で人間が木を登り始めたら、簡単に引きずり下ろされてしまうと思います。
これまでクマが地面を走ってくるという想定で話をしましたが、木の上から突然下りてくる場合もあります。
クマは木に登って木の実を食べるときに、枝をたぐり寄せて実を口に運びます。その枝を折って下に敷き詰め、居心地をよくするために鳥の巣のようにしたものが「クマ棚」です。人間が気づかずにクマがいる木の下を通ったときに、いきなり木から下りてくる可能性もゼロではないでしょう。
「うつ伏せになって首の後ろを守る」クマに襲われて死なないための鉄則4
──クマ撃退スプレーを使えない、または持っていないときに、クマに襲われるという絶体絶命のピンチになった場合は、どうすればよいですか?
羽根田:地面にうつ伏せになり、両手を首の後ろで組む防御姿勢をとって、クマの攻撃をやり過ごすしかありません。登山の場合は、ほとんどの人が背中にザックを背負っていると思いますが、ザックがプロテクター代わりになります。
羽根田:クマは何分も何十分も攻撃を続けるのではなく、だいたい数十秒~1分未満で攻撃を終えて逃げていくそうです。ですから、とにかく最初の攻撃で重傷を負わないようにするための防御姿勢です。
──クマは餌に執着するという習性があるので、攻撃もしつこいのではと思っていましたが、数十秒耐えれば死なない可能性もあると知っていると、希望が持てるような気がします。
羽根田:防御姿勢は、クマに襲われてなにも手立てがないときの最終手段です。クマに遭遇していきなり防御姿勢を取ってしまうと「死んだふり」と同じ状態になってしまうので、先に「静かに、ゆっくり、後ずさり」の鉄則2を実行しましょう。
ただ、ここまで話したことはあくまで机上の論理といいますか、いろんなケースが考えられる現場では、絶対に有効だとは断言できません。
取材した人のなかには、10m先の茂みからクマが出てきて、間髪入れずに襲われたという人がいました。その人はクマ撃退スプレーも持っていて、すぐに手に取れる場所につけていたにもかかわらず、手に取る余裕すらなく攻撃されたそうです。
防御姿勢の知識もあったけれど、敵意剝き出しで向かってくるクマに対して、防御姿勢を取ることもできなかったと言っていました。そのため、とにかく立ち向かうしかなく、ひたすら足蹴りをガンガン繰り出しているうちにクマに押し倒され、あちこち引っかかれたものの、すぐにクマは逃げていったそうです。
──クマが積極的に襲ってきた場合も、攻撃は短いんですね。
羽根田:そうですね。攻撃は30秒ほどで終わったそうです。ですから私が挙げた対処法が、すべてのクマに通じるものではないということを、覚えておいたほうがよいと思います。
逆に、鉄則2で「大声をあげ、背中を見せて走って逃げるのはやってはいけない」と言いましたが、それをやって助かった人もいます。クマに遭遇したら、どうするのが正しいとは言えません。だから「クマとの遭遇確率を下げる」のが、一番の対処法になるのです。
──羽根田さんは、実際にクマと遭遇した経験はありますか?
羽根田:尾瀬と日光で1回ずつ遭っています。日光の霧降高原では、50mほど離れた距離でカサカサと笹がこすれる音がしたので「鹿かな」と思ったら、丸い耳が見えたので「クマだ」と。幸いにもクマがこちらに気づいて、先に逃げてくれました。
尾瀬ヶ原で目撃したクマも、向こうから逃げていってくれました。
基本的に野生動物は、人間を怖れるものです。しかし至近距離でバッタリ遭遇すると、動物も自分の身を守るために攻撃を仕掛けてきます。ですからできるだけ遭遇を避けるために、音を出してクマに自分の存在を早く知らせるのが大切です。
しかし最近は、人を見慣れて怖がらない「アーバンベア」が増え、人里や市街地に近い場所を活動域にしています。全体的に見れば、通説どおり人間を怖れるクマが大半だと思いますが、その定義に当てはまらないものもいることを、念頭に置いておくのがよいと思います。
【羽根田治さんに「山での危険を防ぐ」アドバイスを伺う連載は全3回。第1回で「富士山」をテーマに死なない・遭難しないための鉄則を解説したのに続き、この第2回では「熊」をテーマに危険を防ぐアドバイスを解説していただきました。最後の第3回では「遭難」した際にとるべき行動について教えていただきます】
※第3回は2024年9月上旬に公開配信予定
(取材・文/中村美奈子)
山について深く知る 羽根田治さんの本
山での事故や危険について、より深く知ることができる、羽根田治さんの著書・監修書を紹介します。
羽根田治さん監修の本
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中村 美奈子
漫画、アニメ、映画、ゲーム、アイドルなど幅広いエンターテインメントジャンルで記事を書いているライター。漫画家や声優、役者、監督、クリエイターなど、これまでに200名以上へのインタビューを経験。
漫画、アニメ、映画、ゲーム、アイドルなど幅広いエンターテインメントジャンルで記事を書いているライター。漫画家や声優、役者、監督、クリエイターなど、これまでに200名以上へのインタビューを経験。
羽根田 治
1961年、さいたま市出身、那須塩原市在住。フリーライター。山岳遭難や登山技術に関する記事を山岳雑誌や書籍などで発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆活動を続ける。主な著書にドキュメント遭難シリーズ、『ロープワーク・ハンドブック』『野外毒本』『パイヌカジ』『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』(共著)『生死を分ける、山の遭難回避術』『人を襲うクマ』『十大事故から読み解く山岳遭難の傷痕』などがある。近著は『山はおそろしい』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか』(平凡社新書)『これで死ぬ』(山と溪谷社)など。2013年より長野県山岳遭難防止アドバイザーを務め、講演活動も行なう。日本山岳会会員。
1961年、さいたま市出身、那須塩原市在住。フリーライター。山岳遭難や登山技術に関する記事を山岳雑誌や書籍などで発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆活動を続ける。主な著書にドキュメント遭難シリーズ、『ロープワーク・ハンドブック』『野外毒本』『パイヌカジ』『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』(共著)『生死を分ける、山の遭難回避術』『人を襲うクマ』『十大事故から読み解く山岳遭難の傷痕』などがある。近著は『山はおそろしい』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか』(平凡社新書)『これで死ぬ』(山と溪谷社)など。2013年より長野県山岳遭難防止アドバイザーを務め、講演活動も行なう。日本山岳会会員。