
『まんげつのよるに』全ページ無料公開! 380万部の国民的ベストセラー「あらしのよるに」20年ぶり新シリーズがスタート!
「あらしのよるに」シリーズより『まんげつのよるに』を全ページ無料公開!
2025.04.01

キミドリがはらに あらわれた オオカミは、まさしく ガブだった。
メイが なんども みて いた あの ゆめは ほんとうだったのだ。
たまたま ゆきの ながれに はじきとばされた ガブは、
きせきてきに いのちを とりとめた。
「お、おいら どうして こんな ところに。」
キョロキョロと あたりを みまわすと、ガブは はいずるように
やまを おりた。
くうふくと さむさの うえに、あの なだれに まきこまれたのだ。
ガブの からだは もう ボロボロに なって いた。
やっとの おもいで ふもとに たどりついた ガブに、
エサをつかまえる ことなど、かんたんには できなかった。
ガブは しんで いた どうぶつの にくでも、
むしの ようちゅうでも、かわの さかなでも、
たべられそうな ものは なんでも くちに いれた。
そう やって、ひっしで いきる ことに しがみついて、
いのちを つないだ。
どんな ことを してでも、いきて はたさなければ ならない
やくそくが あるかのように。

ガブは、ただ いっぴきで かりを しながら、
もりから もりへと わたりあるいた。
いつしか ガブの かおは やせこけて、めは するどく、
からだじゅうの けは さかだっていた。
しかし、なだれば ガブに あたえた くるしみは、ボロボロの からだだけでは なかった。
あの、やまを ゆるがずほどの おおきな なだれの おそろしさは。
ガブの こころから、それまで ことを すべて うばってしまったのだ。
じぶんが だれなのか、だれと どうして あの やまに きたのか、
まったく おぼえていない。
ただ、ガブは たった ひとつだけ、おぼえて いる ことが あった。
それは、ヤギの ことだ。
(そう いえば、おいら、ヤギの にくが だいこうぶつだったっけ。
ああ、もう いちど あの にくが くいてえ。
ジュワァ〜ッと あぶらの のった にくに、かぶりつきてえ。)
そんな おもいが、ガブの こころに いっぱいに なる。
ガブは もりから もりへと ヤギを、いや、いきた ヤギの にくを
さがして あるくように なった。
そんな ある ひの こと。
ガブは みどりの もりに 一ぴきだけ ヤギが すんで いると いう
うわさを きいた。
もちろん ガブは よろこびいさんで みどりの もりに むかった。
「そう いえば、あしたは まんげつだ。
そんな よるに さいこうの ごちそうが くえるぜ。」

メイは やっと キミドリがはらに ついて、
ゆっくりと あたりを みわたした。
ふと おもいだしたように ふく かぜが、
そうげんの くさを みぎや ひだりに ゆらして いる。
オオカミは どこに いるんだろう。
「そうげんの むこうに だれかの かげが みえる。
きっと あれは オオカミだ。」

メイは その かげに めを こらしながら、そっと ちかづいた。
「ああ、あの からだ、あの あるきかた、だいすきな あいてだから、
すぐにわかる。
あれは ガブだ。ガブが いきて いたんだ。
また ガブに あえるなんて、まるで ゆめみたいだ。」
オオカミの かたちが、じわっと にじんだ。
メイは はらの そこから からだじゅうの ちからを ふりしぼって さけんだ。
ガブー!!
そして、まっすぐに オオカミに むかって はしりだした。
ガブー、がぶー、ガーブゥー

ガブは メイを みつけて うれしそうに したなめずりした。
だいすきな えさだから、すぐに わかる。
「いたいた、あんな とこに。 なんて うまそうな ヤギなんだ。
おっ、こっちに はしってくる。ようし、にがすものか。」

ひろい そうげんの りょうがわから、一ぴきの ヤギと
一ぴきの オオカミが いっちょくせんに はしりよって いった。
それも 二ひきは まったく ちがう もくてきで。

ガツン!!

ズルッ、ズルルルー。
ズルッ、ズルルルー。
ヤギの からだを ひきずって、オオカミが おかを のぼって いく。
みどりの もりの どうぶつたちは、
とおくから こわごわと その ようすを ながめた。
そして、オオカミは おかの したの ちいさな どうくつに
ヤギの からだを はこび込んだ。

「ううう……ここは?」
メイが やっと きが ついた。
どうやら ガブの いちげきで、きを うしなって しまったらしい。
どうくつの いりぐちで、いしを つみあげたり、
まるたを くんだり して いる ガブの うしろすがたが みえる。
「なにを してるんですか。」
メイが こえを かけると、
「ふっ、たいせつな えさに にげられちゃ、たまんねえからな。」
ガブが ふりむきも せずに こたえる。
「ねえ、ガブ、その えさって、まさか、わたしの こと?」
その ことばに ガブが ばかに したような かおで ふりむいた。
「ガブ? なんだ そりゃ、おいらの ことか。」
その かおを みて、メイは おどろいた。
ガブの かおが、まえより ずっと けわしく なって いる。
めが ギラギラと ひかり、まるで べつの オオカミのようだ。
でも、メイが ガブを みまちがえる わけが ない。

「ガブ! わたしですよ、メイですよう。」
「メイ? ふん、メイだか なんだか しらねえが、オオカミの おいらに、
なまえで よびあうような ヤギの ともだちなんか、いる わけが ねえ。
ハハハ、おまえ、どうか してるんじゃ ないのか。」
「もう、ガブったら。わたしの かおを ちゃんと みて、
ほら、ひみつの ともだちの……。
「だから しらねえって いってるだろう。」
「え? まさか、わすれちゃったんじゃ……。」
「ああ、たしかに おいら、じぶんが だれなのかもおぼえちゃ いねえ。
だかな、これだけは はっきり いえるぜ。
おまえは すごく うまそうだ。」
メイは、めの まえが まっくらに なった。
(せっあく あえたのに。せっかく いきて あえたのに。)
「いいか、あしたは まんげつの よるだ。
それまで おまえは、ここで ゆっくり くさでも くってろ。」
それだけ いいのこすと、ガブは そとから どうくつの いりぐちを
おおきな いわで ふさいで、でて いって しまった。
(そうか、あしたの まんげつの よるに わたしを
たべる つもりなんだ。よーし。)
メイは どんな はなしを すれば ガブが おもいだすかを
かんがえながら、ガブの かえりを まった。

ゆうがたに なって、ガブが くさを かかえて もどってきた。
「ほんとうに わたしたち ともだちだったんです。
ピクニックも いったし、つきも いっしょに、みたんです。」
しかし、メイが ひっしに はなしかければ はなしかけるほど、
ガブは いやな かおを した。
「あー、ゴチャゴチャ うるさいな。
たすかりたいからって わけの わかんない つくりばなしばかり するんじゃないよ。」
「でも、ほんとうなんです。」
「だまれ、おまえは ただの えさなんだよ。」
なにを いっても むだだった。
それでも メイは あきらめずに ガブに はなしつづけた。
もちろん、あくるひも あさから ずっと……。
しかし、ガブは もう へんじも、しなくなった。
なにを いっても きこうとすら しない。

とうとう メイは ガブに はなしかける ことを やめた。
(あんなに あいたかった ガブが こんなに ちかくに いる。
てを のばせば とどく ところに いる。
かおも からだも こえも たのしかった ときと おなじなのに……。
もう にどと あの やさしい めで この わたしを みては くれない。)
メイは おもわず めがしらが あつく なった。
「ほぅ〜、おまえ ないて いるのか。」
めずらしく ガブが こえを かけた。
「ま、もう すぐ まんげつが まんげつが のぼる。
ついに くわれちまうんだから むりも ないか。」
ガブは それだけ いうと、ごろりと よこに なった。
「ちがう そんなんじゃ ない。」
と、メイは いいかけたが、そんなこと いっても むだなのは わかって いる。

たいようが にしに かたむき、そらが あかねいろに そまった。
ガブが さっきから うきうきして いる。
そんな ガブを みながら、メイは ひとりで つぶやいた。
「ここに くるまで、どんなに たいへんな ことも のりこえられた。
どんなに つらい ことも たえられた。
どんなに おそろしい ことも こわくなかった。
いつも ガブが いっしょだったから。」
ガブが したなめずりを して ちかづいて きた。
けれども、メイは かまわず つぶやきつづけた。
「こころが いっしょなら、たとえ たべられても かまわないと おもった。
おもいでの なかでも、ずっと ガブと いっしょだった。」
ガブの するどい キバが キラリと ひかった。
「でも いまは もう いっしょじゃ ない。」
とうとう、メイは これまでの すべてを くやんだ。
「ああ、こんな ことに なるんだったら、
あの あらしの よるに であわなければ よかった。」
メイが ぎゅっと めを つむった。

と、その とき、とつぜん ガブの うごきが とまった。
「おい、いま おまえ、なんて いった?」
「え? だから、あの あらしの よるにであわなければ……。」
「あ。あらしの よるに?」
ガブの あたまの なかで その ことばだけが ひっかかった。
「あらしの よるに? あらしの よるに……。あらしの……。」
ひみつの とびらの カギを みつけたかのように その ことばが ぐるぐる まわりはじめた。
そして ついに、ガブの とざされた こころの とびらを すこしずつ あけはじめた。
「そうだ、あれは たしか あらしの よるだった……。」
ガブは ふと かおを あげて、こころの いとを たぐりはじめた。

ピカッ! ザーザー
「おいら、こどもの ことが やせっぽっちでね。」
「あら、わたしもです。そんなんじゃ、はやく はしれないでしょうって。」
「ハハハ、ほんとうに ぴっくりしましたよ。
あなたが オオカミだったなんてね。」
「へへへ、おいらもですよう、まさか あいてが ヤギとは しらずに、
ひとばんじゅう はなしてたんすから。」
「わたしたちだけの ひみつっすね。」
「そんな いいから すると、おいら……。」

「おいたが オオカミでも?」
「そっちこそ、わたしのような ヤギでも?」
ガブの こころの なかに、つぎつぎに いくつもの おもいでが うかびあがる。
「ここまで きたら いく ところまで いって みますか。」
「おいら、その かくごなら、もう……。」
「なに いってるんでやんすか。えさなんて、どこに。」
「あるじゃ ないですか。ここに。」




ガブは メイを まっすぐに みつめた。
「メイ……。」
メイを みつめる めが、いつの まにか ガブに もどって いる。
「ガ、ガブ!」
メイが こたえた。
もう、それだけで じゅうぶんだった。

一ぴきは いっしょに おかの うえに のぼった。
さわやかな かぜが、二ぴきを やさしく なでて いった。
とうめいな つきの ひかりが 二ぴきを しずかに つつんで いる。
「ほらね、ガブ。また いっしょに つきを みられたじゃ ないですか。」
「ああ、メイ、おいら さいこうの よるでやんすよ。」

のぼって きた まんげつに、二ひきの かげが かさなった。
つきの なかに うつった その かげは、
もう、ヤギでも オオカミでも なく、
ただ ふたつの いきものの すがただった。

つきは しずかに、そらたかく のぼって いった。
20年ぶりの新刊『新あらしのよるにシリーズ(1) あいことばはあらしのよるに』は、大好評発売中!
「あらしのよるに」シリーズから、20年ぶりの新刊となる『新あらしのよるにシリーズ(1) あいことばはあらしのよるに』が発売されました!
新刊『新あらしのよるにシリーズ(1) あいことばはあらしのよるに』では、オオカミとヤギという種族の壁を超えて友情を育んだガブとメイの物語が「家族」へと発展する新たな展開を描きます。
現在、Amazon等主要ネット書店、全国の書店で大好評発売中!
この春、「あらしのよるに」シリーズで、心温まる感動を体験してみませんか?

【書名】『新あらしのよるにシリーズ(1) あいことばはあらしのよるに』
【著者名】作:きむらゆういち 絵:あべ弘士
【発売日】2025年3月12日
【定価】1760円(税込)
【ISBN】978-4-06-538386-5
【内容】食うもの(オオカミ)、食われるもの(ヤギ)の壁を超えておだやかに暮らしているオオカミのガブとヤギのメイ。仲良しなのに、実はおたがい隠している秘密があるようで、疑りあってしまいます……。友情をつづけるのはむずかしい? そんなことはありません。自分を信じて、大切な人を信じるすばらしさを感じさせてくれる絵本です。新しい友だちを得て、より新しい関係をつくる2匹にぜひ出会ってください!
◆作者・きむらゆういちさんからのメッセージ◆
今の世界情勢を見ると、まさに今のほうがこの物語が必要になっていると思います。人種が違っていても、肌の色が違っていても、偉い人とそうでない人でも、金持ちでも貧乏でも、友情が生まれるかもしれません。その友情を信じていれば、あらゆる困難にも打ち勝ち、新天地に向かうことができる、と思っています。
児童図書編集チーム
講談社 児童図書編集チームです。 子ども向けの絵本、童話から書籍まで、幅広い年齢層、多岐にわたる内容で、「おもしろくてタメになる」書籍を刊行中! Twitter :@Kodansha_jidou YA! EntertainmentのTwitter :@KODANSHA_YA_PR
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