ひとりになりたかった 大人気温泉ライターが語る心の“逃げ場“

子どものころ、お風呂は私にとって唯一ひとりになれる場所だった

永井 千晴

#自立への第一歩は、「ひとり」と「一緒」の境目に向き合うこと

今回、こうして子ども時代から温泉オタクになるまでを振り返ったのは、悩める中学生たちが湯治場で自分の心と向き合うファンタジー小説『保健室経由、かねやま本館。5』との出会いがきっかけでした。作中では、“心に効く”不思議な温泉が湧いていて、繊細な中学生たちは湯船に浸かることで悩みの解決への一歩を踏み出していきます。

5巻の主人公は、家族との関係性に悩める中学2年生の男の子。とある事故によってペットが死んでしまったショックにより、家族が離れ離れになった樹生(ミキオ)です。樹生はその事故のきっかけを作った罪悪感にさいなまれ、ちゃんとした大人にならなければと奮い立ち、家族と時間を共有できなくなった「さみしさ」を認められません。

「家族との距離」「家族にどう本音を伝えるか」に葛藤する姿は少なからず自分と重ねてしまうところも。私の体験でいえば、小さなマンションでの家族4人暮らしは、「本当は自分の部屋がほしい」「ひとりで寝たい」とみんながそれぞれ抱えていても、なかなか言い出せないことでもありました。3DKゆえに、ひとりずつの“割り当て”が物理上なかったからです。私の家族はちょっとずつ遠慮しあって、ちょっとずつイライラしながら、自分の居所を常に探していました。樹生が温泉に逃げ込んだ気持ちが、私にはわかってしまうのです。

だから読み終わったあと、私が実家の小さなお風呂で“ひとり”を確保していたことは、なにも間違っていなかったのだと救われた気持ちになりました。

弟妹が多く、お母さんがいない家庭の、どこか天然なボン(左)と、そんなボンのお隣さんで、ボンと「仲良くしてあげている」、なんでもできるミキ(右)。

そんなミキの目の前にあらわれたのは、悩める中学生が集まる湯治場「かねやま本館」。ミキは、「自分には悩みなんてないはずだ」とふしぎに思う。温泉に入ることで映し出される自分の姿は、「大人になりたい」自分とは正反対で、かねやま本館に対して不信感を抱いていく。

そんなある日、華世子と名乗る愛らしい少女から、かねやま本館の入館証を捨てて、「かねやま新館」に来るよう誘われて……。

『保健室経由、かねやま本館。』シリーズは、本格的に親から心と体が離れていく中学生の時期について描かれているのも大きな特徴です。親子どちらにとっても、どう自立するか・させられるか(またはどう支えるか・支えられるか)は非常に重要なポイント。

個人的に、この解決方法は、「ひとり」と「一緒」の境目を少しずつはっきりとさせていくことなのかな、と感じています。

講談社児童文学新人賞と児童文芸新人賞のふたつを受賞した注目作(写真は1巻)

#お風呂や温泉は心の「逃げ場」になる

私は中学生のあのとき、とにかくひとりになりたかった。クラシックが好きな父、ロックが好きな私。洋画が好きな母、邦画が好きな私。野球が好きな兄、アニメが好きな私。違う性格を持つ家族と共感しあえないのであれば、ひとりで自分の好きなものを静かに楽しみたいと思っていました。それでも小さな家だから、隣には家族の誰かがいて、「あんたこんなの好きなの」「うるさい」などと言われることが、悲しくてつらかった。それは私だけではなく、家族みんなが静かに思っていたことでした。だから、自分とだけ共感しあうお風呂という場は、特別だったのです。

大人になってひとりで温泉へ行くようになってからも、当時と風呂場で考えていることはそう遠くありません。「よく働いてすごいぞ」「好きな温泉に浸かりにこれるほど、お金を稼いでえらいぞ」「温泉から上がったら映画の続きを見るぞ」「晩ごはんは和食みたいだから日本酒を飲むぞ」と自分を讃えて、共感して、いたわっています。私にとって、温泉もお風呂も“ご自愛”そのものだったんですよね。

子育て中の方も、そうでない方も。家庭という小さな空間で、ひとりひとりが自分の心と向き合える環境をつくるのは、容易ではないように感じます。そうしたときにはぜひ、お風呂や温泉を選択肢に入れてみてください。心にとって“逃げ場”があることは、この時代をサバイブする私たちにとって、とても必要なカードだと考えています。

そんな小説「保健室経由、かねやま本館。」の世界を知りたい!

1巻の世界観をマンガでためしよみ!(作画:タダノなつ)

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ナガイ チハル

永井 千晴

温泉ライター

1993年2月生まれ。学生時代に温泉メディアのライターとして、半年間かけて日本全国の温泉を取材。その後、旅行情報誌「関東・東北じゃらん」編集部に在籍し、「人気温泉地ランキング」などの編集を担当。退職後は別業種で会社員をしながら、経験を活かしてTwitterやブログで温泉の情報を発信している。現在も休みを見つけてはひとり温泉へ出かける、市井の温泉オタク。国内外合わせて約500の温泉に入湯。 著書『女ひとり温泉をサイコーにする53の方法』(幻冬舎) Twitter:@onsen_nagachi

1993年2月生まれ。学生時代に温泉メディアのライターとして、半年間かけて日本全国の温泉を取材。その後、旅行情報誌「関東・東北じゃらん」編集部に在籍し、「人気温泉地ランキング」などの編集を担当。退職後は別業種で会社員をしながら、経験を活かしてTwitterやブログで温泉の情報を発信している。現在も休みを見つけてはひとり温泉へ出かける、市井の温泉オタク。国内外合わせて約500の温泉に入湯。 著書『女ひとり温泉をサイコーにする53の方法』(幻冬舎) Twitter:@onsen_nagachi