西井先生「犬や猫を飼っている患者さんから『今度、子どもが生まれるんです』という相談をよく受けるのですが、基本的には『あまり心配しなくていいですよ』と伝えています。
赤ちゃんが生まれた直後はある程度ペットの抜け毛やフケ、よだれなどに注意した方がいいものの、ペットが健康体なら、過敏になることはありません。
ノミやダニ、寄生虫がいる場合はうつってしまう恐れがあるので、赤ちゃんを迎える前にシャンプー剤や駆虫剤でのケアが必要です。
あとは、ペットと触れた後、トイレの掃除をした後はしっかり手を洗うなど、基本的な衛生管理ができていれば問題ないでしょう」
――猫を飼っている家では、「トキソプラズマ症が心配」と聞きますが?
西井先生「トキソプラズマ症は感染症の一種で、猫との接触、猫の排泄物が感染経路のひとつです。妊婦さんが感染すると、胎盤を通じて胎児にも感染リスクがあると言われています。
でも、問題になるのは、妊婦さんが初めて感染した場合のみ。トキソプラズマ症は、健康なら感染しても無症状で、猫を飼っていれば、感染歴のある人がほとんどです。感染歴があれば抗体ができているので、不安になることはありません。
愛猫にも感染歴があれば、基本的には安全です。もし心配なら、動物病院で愛猫の抗体検査を受けることをおすすめします。それでも心配なら、妊婦さんも抗体検査を受けるといいでしょう。
赤ちゃんが生まれる前は、ただでさえ不安なことばかり。ひとつでも不安を払拭できるといいですよね」
――住環境で気を付ける点はありますか?
西井先生「犬も猫も、ペットのスペースを確保してあげることです。それは、赤ちゃんとの距離を保って安全な空間を作るためでもありますし、ペットがひとりになれる場所、赤ちゃんから逃げられる場所を作るためでもあります。
犬ならサークルで囲うほか、ケージを置いてもいいでしょう。最近はケージに入るのが苦手な犬も多く、家の中でリード管理していたというご家庭もあります。
少しかわいそうな気もしますが、ずっと続くわけではありません。犬が赤ちゃんのいる環境に慣れたら、もとに戻せばいいのですから」
――赤ちゃんとペットで住空間をわけたほうがいいのでしょうか?
西井先生「あまり神経質になることはないですが、食事やおむつ替えなど、赤ちゃんとペットが距離を取らなければいけないときもありますよね。
以前、ハイハイをするようになった赤ちゃんが、目を離したすきに猫のトイレに入ってうんちを食べてしまった……というショッキングな出来事を聞いたことがあります。
ペットのトイレや飲み水用のボウルも、赤ちゃんの手が届かない場所に置くのが安心ではないでしょうか」
注意すべきはペットのストレスサイン
――赤ちゃんとペットが初めて対面するとき、どんなところに気をつければいいでしょうか?
西井先生「ペットにとって、赤ちゃんが生まれたことは、もうひとり別の家族がやってきた状態。多頭飼いで新たにペットを迎えた場合と同じようなことが起きると考えられます。
大抵の場合、先住犬・先住猫は新しい存在に対してストレスを感じるので、ペットのペースに合わせて赤ちゃんを見せてあげるといいと思います。
赤ちゃんを抱っこして突然ペットのスペースに入り、顔を見せたり、においを嗅がせたりするのではなく、ペットのほうから寄ってきたら、顔を見せたり、においを嗅がせたりしましょう。興味を示すまで待つ。それぐらいの余裕を持つことが大事です」
――環境の変化によって、ストレスを感じるペットも多そうですね。
西井先生「ペットが普段と違う行動を取るようになったら注意していただきたいです。犬なら、手を異常に舐める、しっぽを追いかける、体をかく、行ったり来たりを繰り返すなど。
猫は、うなる、耳を低くする、しっぽを膨らませる、爪を研ぐ、マーキングをするなどが、代表的なストレスサインです。
犬でも猫でも、子どもがギャーッと泣き始めるとどこかへ隠れたり、ケンカが始まると吐いたり下痢をしたりするコも。普段の健康な状態を把握しておいて、変化があったら、なるべくストレスの原因を遠ざけてあげることが必要です」
――強いストレスを感じるのは、どんな瞬間でしょうか?
西井先生「寝ているとき、食べているとき、排泄をしているとき。この3つは、ペットにとって特に安心したい時間。邪魔をされてはかわいそうです。
赤ちゃんのうちは心配ありませんが、ハイハイしたり歩いたりするようになったら、赤ちゃんがペットの邪魔をしないように注意してほしいなと思います。子どもが苦手になってしまいますからね。
……と、いろいろお話しましたが、赤ちゃんが生まれるのは、人間の子どもでいうと、妹や弟ができるのと同じ状況です。過剰に心配したり、申し訳ない思いを持ったりしては、かえってペットを不安にさせてしまうかもしれません。
最初は警戒していても、赤ちゃんの存在に慣れれば、受け入れることは十分に可能です。最低限の配慮はしつつ、『これから家族になるからよろしくね』と、自然な形でペットに伝えられたらいいですね」
子どももペットもみんなが幸せであるために
――ハムスターや魚を飼っている場合の注意点はいかがでしょう?
西井先生「どちらも気を付けたいのが事故。ハムスターは小さいので、部屋の中で離すとどこへ行ったかわからなくなり、赤ちゃんが寝返りをした瞬間につぶされてしまう可能性があります。
魚も赤ちゃんが水槽につかまって、うっかり倒しては大変です。さまざまな事故の可能性を考えて、棲み分けをしてあげてほしいと思います」
――鳥は感染症のリスクがあると聞いたことがありますが?
西井先生「鳥から人間に感染する病気はたしかにありますが、もしペットの鳥が感染していれば、赤ちゃんだけでなく、すでに大人にも感染しているはず。家庭で飼われている鳥なら、それほど神経質になることはありません。
ただ、鳥かごのまわりには羽根やフケが舞い、エサの食べカスで散らかりやすいので、衛生管理は必須です。また、鳥は人間の口が好きで、チュッチュッとつつくことがあります。子どもが小さいうちは、このような濃厚接触の機会を減らしたほうが無難ですね。
注意したいのは、オカメインコやコザクラインコのように、やきもちを妬く鳥。飼い主からの愛情が感じられないと、自分の毛を全部むしってしまうコもいます。変化が見られたら、早めに獣医師に相談してください」
――特に第一子が生まれたときは、しばらくの間、毎日のお世話だけでも大変です。でも、ペットのこともきちんと気に留めなければいけませんね。
西井先生「その通りだと思います。相手は動物ですから、なかなかこちらの思い通りにはいきません。でも、どれも大切な“命”。健康で家族に愛されていることが、ペットにとっていちばんの幸せです。
子育てに慣れるまでは大変かもしれませんが、ペットは子どもにとってかけがえのない存在になります。今まで家族にたくさんの癒やしを与えてくれたペットへの愛情もどうか忘れずに、赤ちゃんを迎えてほしいなと思いますね」
PROFILE
西井丈博
にしいたけひろ 獣医師、阿佐ヶ谷動物病院院長。麻布大学獣医学科を卒業後、神奈川県や東京都内の動物病院で経験を積み、2002年、東京都・杉並区に『阿佐ヶ谷動物病院』を開業。その後、現在の場所へと移転し、犬や猫をはじめとする動物の診療にあたる。NPO法人ワンコレクションの活動に賛同し、都内の小学校等で子どもたちに動物の接し方や命の大切さを教える“動物の授業”を行っている。
●阿佐ヶ谷動物病院
https://www.asagaya-ah.com/
●NPO法人ワンコレクション
http://www.onecollection.org/
獣医師・西井丈博先生に聞く「子どもとペットのいい関係」は全3回です
星野 早百合
編集プロダクション勤務を経て、フリーランス・ライターとして活動。雑誌やWEBメディア、オウンドメディアなどで、ライフスタイル取材や著名人のインタビュー原稿を中心に執筆。 保育園児の娘、夫、シニアの黒パグと暮らす。
編集プロダクション勤務を経て、フリーランス・ライターとして活動。雑誌やWEBメディア、オウンドメディアなどで、ライフスタイル取材や著名人のインタビュー原稿を中心に執筆。 保育園児の娘、夫、シニアの黒パグと暮らす。