木坂涼×松成真理子 絵本作家の修行時代

~絵本作家をめざすあなたへ~

歌うように、リズミカルに紡ぎ出される心地よい「ことば」で、子どもから大人まで楽しませている木坂涼さん。 軽味と繊細さが混じった優しい水彩画で、生きとし生けるものたちへの「生命讃歌」を描く松成真理子さん。 そんなおふたりは講談社絵本新人賞の選考委員も務めています。今回は、絵本作家をめざしたいきさつ、仕事のスタンス、新人へのアドバイスなどを、「ことば」と「絵」の両面から語り合われました。 暖かな陽だまりのような、心に響くメッセージ! 優しく、厳しく、力強くエールを送ります。

※この記事は、子どもの本通信『dandan』Vol.38(講談社 2018年5月刊)掲載の対談企画を再構成したものです。

絵本作家の木坂涼(右)と松成真理子(左) 撮影:嶋田礼奈

詩・絵、好きな世界の向こうに絵本があった

木坂 松成さんは早くから絵本作家をめざしていたの?

松成 絵本作家になる前は、雑誌や広告のイラストを描いていました。子どもの頃から絵を描くのが大好きで、絵が描ければ何でもよかったんですけどね(笑)。その頃、絵本情報誌「月刊MOE」でお仕事させていただいていたこともあり、たくさんの絵本に出合いました。それまで知らなかった絵本の世界にどんどん引き込まれてね。絵本は自由だな、面白いなとおどろいて、描いてみたくなったんです。

とはいえ、そう簡単に絵本が創れるわけもなく、どんどん時間が過ぎていきました。編集者の友だちに「絵本を描きたい」ということは、口にしていたんです。でも5年もいっていたら「もういいかげん実行に移したら? 聞きあきた」といわれて、目が覚めました。40歳で、やっと本気のスタートです。

木坂 そこからの一歩目は?

松成 ギャラリーカフェで個展を開くことでした。32ページの絵本を作るイメージで、絵にことばをつけて展示することにしたんです。それを見た編集の方に「絵本にしましょう」といわれたのがきっかけで、一歩目が始まりました。

木坂 私は子どもの本の世界で仕事しようと思ってなかったんです。同人誌で細々と詩を書いていました。書くことに消極的でいつも締め切りに遅れてみんなに迷惑かけていたの(笑)。で、これで最後にしてもいいんじゃないかな、という気持ちで編んだ一冊が現代詩花椿賞という賞を頂けて。そのとき29歳でしたけど、その賞を頂いても、これをバネに大きな世界でやってみようという気持ちにはなれなくて。それどころか精神のバランスを崩したの。

そこで思い切って日本を出てアメリカで暮らすことに。でも、私はこの先どう生きるのかやっぱり答えを見出せないまま1年で帰国。それから、埼玉の実家に引きこもりました。両親がとやかくいわずに受け入れてくれたのはありがたかった。一歩も外に出ないわけじゃなくて、その頃は自転車に乗って林の中をよく走りました。林にどれだけ慰められたか(笑)。

松成 お話を聞いていると、そのときに木坂さんの土壌が作られたように思いますね。

木坂 そんな毎日の中、ある詩人の方から、詩に絵や写真をつけたりする小さな展覧会に参加しませんかというお便りをもらったんです。誰とも会わなくていい、作品だけ送ればいいというので、ちょっと可愛い詩をパステル画的な感じで書いて、送りました。すると福音館書店の編集者さんがそれを見て、絵本の仕事しませんかって電話をくれたんです。

松成 それが始まり?

木坂 そうなの。すぐに別の出版社からも、翻訳絵本の仕事をしませんか、という連絡を頂いて。翻訳だから絵があって、もちろん外国語のテキストもあって(笑)、その翻訳絵本がデビュー作になりました。

撮影:嶋田礼奈
「ことばとことばの間 行と行の間 ページをめくったときの間 そのひとつひとつに神経を研ぎ澄ます」――木坂涼

誰に向けて創作するのか その人たちに伝える努力を

松成 創作するって大変ですよね。「作・絵」でといわれると、「作」のほうがなかなかできない。ぜんぜん進まなくて、壁みたいにたちはだかって、そこを崩さないと先に行けなくなります。

木坂 同じ「作」といっても赤ちゃん絵本と、もうちょっとストーリー性を楽しむ絵本とではまるでちがうしね。自分の内部を入れ替えるくらいの気持ちにならないとその世界に入っていけない。

小さい子の場合は意味よりも、声にしたそのことばがどんなふうにその赤ちゃんを楽しませるか、ことばの音楽性や身体への響かせ方も模索します。ことば以前の原始的なほうに寄せていくので、「1歳1歳」と自分に暗示をかけたりして。やっとお座りできるくらいの子と、どうやって遊ぼうかな、と考えることも。でも、もっと大きな物語の世界を楽しむことができる年齢の子たちの文となると、それだけでは物足りない。子どもたちの想像する力にも対応していかないと。私にはそこが難しい。

松成 どのあたりの年頃がいちばん入りやすいですか?

木坂 私は詩から絵本の世界に入ったからか、赤ちゃんや2~3歳の子どもに向けて、短いことばや繰り返しのことばで考えていくのが、わりと合っているような気がします。松成さんは「作・絵」をするとき、このくらいの年齢層に、とか編集者の方にいわれない?

松成 いわれないですね。年齢層の設定なんていらないって乱暴に思っていた時期があって、2歳から60
歳、80歳まで同じでいいと思っていたんです。でもやっぱり、赤ちゃんに伝えるのに難しいことしても伝わらない。そういうことが最近わかってきました(笑)。

木坂 ま、あまり意識しすぎると文章の世界も狭くなってしまうかもしれないから、そこはのびのびとね。これからありとあらゆるものに出合っていく赤ちゃんや子どもたちに、「楽しいこと、いっぱいあるよ」という一冊を生み出したいし、届けていきたいですね。

撮影:嶋田礼奈
「描くということは内なる自分に向き合うこと。さまざまな経験を積むことで自分の引き出しが増える」――松成真理子

他所からもってきてはダメ 自分の中にあるものを出す

松成 新人賞に応募してくる方たちのレベルは相当高いですね。ただたまに、やみくもに物語を創ろうとして自分の中にないものまで他所からもってきたような作品も見受けられます。これは以前に、はたこうしろうさんもおっしゃっていましたね。

木坂 創るより先に、自分の内にあるものを見つめる作業が必要ね。

松成 持久力が足りないのかなって思います。自分の内側に深く潜ればいいのに、潜るのが大変なので、明日潜ろう、今日はとりあえず寝て……って、私もやってるからよくわかるんですけどね(笑)。他所からもってきたものは、読むとみんなわかってしまうんです。だから自分とちゃんと向き合わないとね。

木坂 自分と向き合うのにも力がいるの。私もときどき逃げます(笑)。

松成 絵は毎日描いていけば、たぶん上達すると思うんですけど、「ことば」の上達の道ってあるんですか?

木坂 「ハイ、あります」っていえたらいいんだけど……。まずはいいものをいっぱい読む、かな。いいものっていうのは、ひとつは時代を経て読み継がれているもの。それらには、文章の力があるはずだから。あと、いろんな経験を積んでほしい。現場主義っていうくらい、海なら海、山なら山。その場に立って自分でいろんなことを五感で感じとってほしい。

そしてね、詩を読んでほしい。絵本は詩の仲間だから。最初はね、すばらしい詩に会いたいっていうよりも、いろんな詩を片っ端から読むつもりで。面白くないものばかりかもしれないけどね(笑)、いつか自分の心に重なる作品に出合えるはず。

松成 ドキッとするものね。

木坂 そうすると、それは作品を読む力にもなるし、感じる力にもなるし、なおかつ自分のことばにも影響を残してくれると思うの。特別目新しいことばじゃなくても、ひとつのことばにハッとする、そんなことばのマジックのような体験をしてほしいなと思います。

松成 絵も文も同じようにドキドキ探しですね。内から何も出てこないときはほんとうに辛い。描いてはつまらないと思い、ここまでできたけど、まだつまらないと思い、ほとほと嫌になり……。

木坂 わかります。これで読むに値するものになっているのか、どこがどうなんだかわからなくなることもしょっちゅう。

松成 その時間はしんどいけれど、それを重ねないで作品ができたことは一回もないです。

ストーリーと絵とで感じさせる表現

松成 私、最初の頃はことばにあまり気を遣ってなかったんです。この絵を描きたいから絵本を創るっていう気持ちが強くて。でも、今はことばがすごく大事。絵とことばが一緒になったときに、ことばが重くなったり絵を描きすぎていたり。どこか消せるところはないかって探すんですけど、書いた(描いた)ものは消したくなくて、しがみつきたくなります(笑)。思い切ってそれを消せたとき、全体のバランスがよくなり、話がすっと流れて、ああ伝えたいことはこうなんだってちゃんとわかる。

木坂 見極めの目も身につけていかないと……なのよね。

松成 私は、創りたいお話が映像のように浮かぶんです。映画のような感じで。絵本は、32ページ分の短編映画を創っている感じ。「ことば」の人はどうなんですか?

木坂 やっぱり映像ね! 私の場合は詩を書いているときからそう。ことばでぐいぐい読み手を引っぱって納得させるような書き方ではなく、場面がすっと映像として見えてくるようなものを書きたいなって。

松成 すごくわかります。

木坂 絵本の文を短いことばだけ書いて編集者さんに渡しても、私がどういうイメージでその文を書いたのか伝わらないことがあるんです。例えばひとつの案として、主人公はどんな背景の中にいるのか、ときには配置までメモを書いて渡すこともあります。

松成 目には見えないけれど……の世界ですね。

木坂 こちらの思惑は、まだぼんやりとしたもの。でも、絵描きさんは、はるかに楽しく、すばらしいアイディアで作品をぐんと引き上げてくださる。そこからの共同作業がまさに、絵本創りの醍醐味。

松成 絵本の中で自由自在に遊ぶ。

木坂 絵本作家をめざすみなさんも、いつか手応えを実感してほしいなと思います。

撮影:嶋田礼奈
「柔らかく透明感のある松成さんの絵が好き」――木坂涼(右) 「木坂さんのことばのリズムが心地よく、自ずと筆も躍る」――松成真理子(左)

木坂涼(きさかりょう)
●埼玉県生まれ。詩人。詩集、エッセイ集のほか、創作絵本、絵本の翻訳も多数手がけている。詩集『ツッツッと』(新装版・沖積舎)で現代詩花椿賞受賞。主な絵本に『ともだちべんとう』(教育画劇)、『からだのなかで ドゥン ドゥン ドゥン』『ネコのナペレオン・ファミリー』(ともに福音館書店)、『いそっぷのおはなし』(グランまま社)、翻訳絵本に『どうするジョージ!』(BL出版)などがある。東京と広島を行き来しながら暮らしている。

松成真理子(まつなりまりこ)
●大分県生まれ。京都芸術短期大学(現・京都造形芸術大学)卒業。『まいごのどんぐり』(童心社)で第32回児童文芸新人賞受賞。主な絵本に『じいじのさくら山』(白泉社)、『ぼくのくつ』『せいちゃん』(ともにひさかたチャイルド)、『ころんちゃん』(アリス館)、『こいぬのこん』(学研)、『たなばたまつり』『はるねこ』『はなさかじいさん』(すべて講談社)、『かさじそう』(岩崎書店)など。紙芝居や童話の挿絵も数多く手がけている。

木坂涼の絵本

新刊翻訳絵本「おなじ そらの したで」ブリッタ・テッケントラップ/作・絵 ひさかたチャイルド 本体1500円 「ぼくたちは みんな おなじ そらのしたで いきている ここでも とおくでも」。同じ空の下、さまざまな動物が出会い、遊び、歌をうたっている。誰もが、どんな環境にあっても、同じように日々を生きているということを伝える絵本。
● 創作「くるくる くるま」キャビネッツ/絵 フレーベル館 本体700円
「おっとっと」高畠 純/絵 講談社 本体1400円
● 翻訳「ちょっとだけ まいご」クリス・ホートン/作 BL出版 本体1400円
「アントワネット わたしのたいせつなさがしもの」ケリー・ディプッチオ/文 クリスチャン・ロビンソン/絵 講談社 本体1500円
「エリック・カールのイソップものがたり」エリック・カール/再話・絵 偕成社 本体1300円
「ぜったい たべないからね」ローレン・チャイルド/作 フレーベル館 本体1400円
「もし きみが月だったら」 ローラ・パーディ・サラス/文 ジェイミー・キム/絵 光村教育図書 本体1400円
「マララのまほうのえんぴつ」 マララ・ユスフザイ/作 キャラスクエット/絵 ポプラ社 本体1500円

松成真理子の絵本

「あめあめぱらん」木坂涼/文 松成真理子/絵 のら書店 本体1300円 「あめあめぱらん ぽつぽつぱらん……うかぶははっぱ はっぱはみどり、みどりはかえる かえるはうたう……」と連想していく。子どもと雨のささやかなひとときを淡い水彩画で心地よく表現した絵本。雨の情景がゆたかに広がる。
「じいじのさくら山」白泉社 本体1300円
「まいごのどんぐり」童心社 本体1300円
「せいちゃん」ひさかたチャイルド 本体1200円
「たなばたまつり」講談社 本体1500円
「はるねこ」かんのゆうこ/文 講談社 本体1500円
「こいぬのこん」学研 本体1200円
「ころんちゃん」アリス館 本体850円
「手ぶくろを買いに」新美南吉/作 岩崎書店 本体1400円
撮影:嶋田礼奈
絵本作家の木坂涼(右)と松成真理子(左)