リトミックを日本に紹介 トットちゃんの恩師・小林宗作先生の教えと想い

『窓ぎわのトットちゃん』のトモエ学園では、毎日、リトミックの時間がありました。

国立音楽大学附属幼稚園 園長:林 浩子

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『窓ぎわのトットちゃん』(1981年刊)は、世界で2371万部も売れている大ベストセラーです。著者の黒柳徹子さんは、小林宗作校長先生のような先生がいらしたことをみんなに知ってもらいたくて、この本を書いたといいます。

「こんな学校に通いたかった」「小林先生に出会いたかった」--本を読んだ方からは、今でもこんな感想がよせられます。


けれども、トモエ学園は戦争で焼け、小林宗作先生ももう、いらっしゃいません。

ところが、小林宗作先生の精神を受けついだ幼稚園が東京にあるということがわかりました。トモエゆかりの藤の木まであるのだそうです。

小林宗作先生は、どんな方だったのでしょう。また、国立音楽大学附属幼稚園とはどんな関係がおありだったのでしょうか。

現在の園長である、林浩子先生にご寄稿いただきました。

<子供たちがそれぞれ、その子らしい表情で、のびのびと手足を動かし、いかにも気持ちよさそうに、跳びはねて、しかも、リズムに、きっちり、あっている、という光景は、いいものだった。> 『窓ぎわのトットちゃん』 より
(写真提供/国立音楽大学附属幼稚園)

受けつがれるトモエの心

黒柳徹子さんの自伝的物語『窓ぎわのトットちゃん』が出版40周年を迎えた今年、子どもが生まれながらに持つ個性を見つけ、伸ばすことを大事にしたトモエ学園の校長、小林宗作先生の教育理念が再び注目されています。

国立音楽大学附属幼稚園(以後、音大幼稚園)は、昭和25年、初代園長に小林宗作先生を迎え創設しました。

音大幼稚園の庭には藤の木があります。子どもたちはこの藤棚の下で遊ぶのが大好きです。

この木は、昭和29年頃にトモエ幼稚園から運ばれ、植えられました。

トモエ学園は昭和20年4月、空襲によって校舎を失い8年という短い歴史で閉校しましたが、トモエ幼稚園は小林宗作先生が亡くなる昭和38年まで継続していたのです。

トモエから運ばれたこの藤の木を私たちは「トモエふじ」と呼び、大切にしています。

トットちゃんが通っていたトモエ学園併設のトモエ幼稚園から運ばれた藤の木。いまでも園児たちが「トモエふじ」として大切にしています。
(写真提供/国立音楽大学附属幼稚園)

国立音楽大学附属幼稚園 創立71周年記念に際して作られた動画

「創立記念日は、毎年みんなでお祝いしよう」という小林先生の言葉を大切に、音大幼稚園では毎年「創立記念の集い」を行っているそうです。「みんないっしょだよ、みんなでやるんだよ」という、トットちゃんに出てくる小林先生のイメージそのままですね!

「はじめに リズムありき」(小林宗作)


「リトミックって、どういうものですか?」
 という質問に、小林先生は、こう答えた。
「リトミックは、体の機械組織を、更に精巧にするための遊戯です。リトミックは、心に運転術を教える遊戯です。リトミックは、心と体に、リズムを理解させる遊戯です。リトミックを行うと、性格が、リズミカルになります。リズミカルな性格は美しく、強く、すなおに、自然の法則に従います」
(『窓ぎわのトットちゃん』より)

小林先生は、たくさんの幼子の歌を作りました。子どもに無理のない音域と美しい日本語とメロディーの歌を、音大幼稚園では今でも歌いついでいます。

小林先生はたくさんの宝を残してくれました。

中でも、豊かな教育実践から生まれた小林先生の言葉は、時代を経た今でも色褪せることなく私たちの心に響くとともに、子どもとの関わりへ大きなヒントを与えてくれます。

今日は、その中の一つを紹介し、小林先生の言葉から、子育てや子どもとの関わりについて考えてみたいと思います。

「はじめに リズムありき」

この言葉は、小林宗作先生が大事にしていた言葉です。

2度のヨーロッパ留学を経て、日本で初めてリトミックを幼児教育に導入し、普及させた小林宗作先生は、リズム教育は総合的に進められるべきであると、リトミックを主軸とした「総合リズム教育」へと発展させました。

単に音楽性を培うためだけにとどめるのではなく、心と体を調和させていく人間教育として「総合リズム教育」を位置付けたのです。

その中で、小林宗作先生が特に大事にしたのは、子どもが自然の中で存分に遊び、自然と対話することでした。

風や波、落ちる力、弾む力など、万物はリズムで動いており、そのリズムを子どもが全身で感じ、気づいていくことを願いました。

また、「自然の中に子どもを開放し、共に食べ、共に歌い、共に働く生活には音楽が湧き出て来る」とも述べ、自然の中で子ども同士が関わる中で心や体が揺り動かされること、そして、そこから現れ出てくるものが表現であり、音楽であるとしたのです。

<トモエは、ふつうの小学校と授業方法が変わっているほかに、音楽の時間が、とても多かった。音楽の勉強にも、いろいろあったけど、中でも「リトミック」の時間は、毎日あった。>『窓ぎわのトットちゃん』より
(写真提供/国立音楽大学附属幼稚園)
これは、スイス人の音楽家ダルクローズが設立した学校の生徒たちの写真で、小林先生お気に入りのもの。70歳のお祝いの際、直筆で「はじめにりずむありき」と書き親しい方々に配ったそうです。小林先生は、パリでダルクローズからリトミックを学びました。
小林先生の写真とともに、音大幼稚園の園長室にかかげられています。
(写真提供/国立音楽大学附属幼稚園)

夜泣きは、おかあさんを気づかう胎児のリズムが原因

人間にもリズムがあります。

体のリズム、心のリズム、生活のリズム……など、それは一人一人異なります。大人と子どもならなおさらのことです。歩くリズムも呼吸のリズムも違います。

人間が初めて感じるリズムは、お腹の中で聞き続けたお母さんの心臓の鼓動ではないでしょうか。そこには音もありますね。

生まれた後も、赤ちゃんはこの音を聞き、リズムを感じることで安定します。

一方、お母さんはどうでしょうか? 

3時間おきの授乳、排泄、睡眠の介助など、出産後のお母さんは、それまでの自分の生活や睡眠リズムから赤ちゃんのリズムに心を寄せ、応えていきます。

中でも、生まれてしばらくの夜泣きで、お母さんはくたくたになりますね。

しかし、実は、赤ちゃんの方が先にお母さんの睡眠リズムに心を寄せ気づかっていたことが最近の胎児研究でわかりました。

胎児はお母さんの体に負担をかけないように、お母さんが活動する昼間は寝ていて、お母さんが寝て体を休める夜に起きていることが多かったのです。

つまり、生まれてしばらくの夜泣きは、胎児のときの習慣がしばらくは残っていたからなのです。

赤ちゃんの成長と共に、睡眠リズムは整っていきます。

ありのままの自分と相手を知り、受けとめるということ

このように、既にお腹の中から赤ちゃんとお母さんは互いのリズムを知り、受けとめ、合わせながら共に成長していくのです。人との関わりに大事なことを、人生の始まりから行っているのですね。

お母さんは言葉を話さない赤ちゃんの気持ちをわかろうと、赤ちゃんの泣き声や吐息、表情や体の動きまで注意を向け、応答します。

しかし、子どもが言葉を話し始めると、「お口(言葉)で言わなきゃわからないでしょ」と思いを言葉にすることを求めていきます。

赤ちゃんの時のように、“言葉にならない言葉”に耳を傾け、感じることや気付くことに鈍感になっていき、大人の理屈や要求を優先させていくことはないでしょうか。

大人を悩ませるイヤイヤ期には、イヤイヤ期の子どもの心のリズムがあります。 
この時期の子どもの脳の前頭葉は未発達なため、がまんしたり、気持ちを切り替えたりができません。また、語彙も少ないため、泣いたり癇癪を起こしたりします。

その心はリズミカルではなく、自分ではどうにもならないややこしさを抱えています。大人が心のリズムを整えることに付き合ってあげることが必要です。(*)

子どもの成長それぞれの時期で見せるリズムを認め、わかろうと心を寄せること――それは、その子ども時々のありのままを受けとめるということです。

ありのままを認められ、受けとめてもらった子どもは、自分を肯定するとともに、相手のありのままを認め、受けとめる人へと育っていくでしょう。

トモエ学園で、トットちゃんがトットちゃんであること認め、仲間の中で自ら成長していくことに信頼を寄せた小林先生の言葉を、子育ての中でかみしめてみませんか。

(*)胎児研究の出典:『NHKスペシャル ママたちが非常事態!!? 夜泣き・イヤイヤ・人見知りにも理由があった!最新科学でハッピー子育て』(NHK出版)

『窓ぎわのトットちゃん』
文:黒柳徹子 絵:いわさきちひろ 講談社

ありのままの子どもたちを認めてくれる、小林校長先生のあたたかいまなざしにみんながあこがれました!
トモエの「リトミック」については、まるまる1章さいて描かれています。


国立音楽大学附属幼稚園

住所:東京都国立市中1-8-25
電話: 042-572-3533

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はやし ひろこ

林 浩子

Hiroko Hayashi
国立音楽大学附属幼稚園 園長

青山学院大学大学院社会情報学研究科社会情報学専攻博士後期課程 単位取得退学 私立、公立幼稚園を経て、現在、国立音楽大学音楽学部音楽文化教育学科 教授               

青山学院大学大学院社会情報学研究科社会情報学専攻博士後期課程 単位取得退学 私立、公立幼稚園を経て、現在、国立音楽大学音楽学部音楽文化教育学科 教授