オードリー・タンが教えた 若者と社会を力づける<たったひとつの冴えたやり方>
石崎洋司×大原扁理(対談)
2022.07.27
後からじわじわくるソーシャル・イノベーション
大原 石崎さんは『「オードリー・タン」の誕生』で、「おおまかな合意」から同性婚の法制化にたどりついたという話をお書きになられてますよね。
オードリーが大臣として加わった政府は、それまでにはなかったさまざまな仕事に取組み、新しく実現させてきました。
そのうちのひとつが、2019年に成立した「同性婚特別法」です。台湾は、アジアで初めて、同性の結婚を法律的に認めた国になったのです。
この法律が作られるときにも、Joinが活用されました。そこには賛成の意見と同じくらい反対の意見もたくさん集まりました。
オードリーは、IT大臣として、その意見が目に見える形にまとめ、議論を深める役目を果たしました。
『「オードリー・タン」の誕生』(講談社)194p~195pより
石崎 台湾にはJoinとvTaiwanいう政治参加のためのプラットフォームがあります。
Joinは、市民に情報を公開し、年齢に関係なく、法律の提案を受けつけていて、60日以内に5,000人以上の賛同者を集めると、政府は公式に回答することになっています。
vTaiwanは、政府が提案する法案に対して、市民の意見を集めて、そのちがいを図示化するプラットフォームです。
石崎 台湾では、こうして収集した民意をもとに、徹底した議論が交わされた。
結果、同性婚特別法に「結婚は個人と個人の間のことで、それによってそれぞれの家族が親戚になる必要はない」という条件をつけることで、「おおまかな合意」を形成できた。
それで法律が成立したという流れですね。
大原 あれは上手なやり方でした。
ただ、デジタルに詳しくない外国人として、台湾に暮らしていると、先に生活の変化があるんですよね。
後になって、あれはオードリーさんたちが行っているソーシャル・イノベーションだったんだ、と気がつくっていう、順番なんですよ。
プラスチックのストローの禁止のときがそうでした。ある日、ファーストフード店に行ったら、ドリンクのカップが直接飲むタイプに変わっていた。もともとストローは断っていたので、とても良い変化だなと思いましたけどね。
Joinで、17歳の女子高生の提案が社会を変えたっていう、ソーシャル・イノベーションの最も有名な例ですよね。
石崎 それで納得がいったのは、みんなが全身全霊でソーシャル・イノベーションに関与しているわけではないと。
自分の生活や関心にあるところだけは見ているけれど、vTaiwanやJoinでは、同時並行でたくさんの議論が起きているから、生活が変化して始めて気がつくということもあるわけですね。
大原 ある時、地下鉄にのっていたら、優先席の上に啓発のポスターが貼ってあったんです。
優先席に男の子、または女の子が座ってる絵が描いてあって、その下に「そのニーズは目に見えないものかもしれません」というキャッチコピーがあったんです。
大原 ああいいメッセージだなって思って台湾人の友達に話したら、SNSで、具合が悪くて優先席に座っていたら、「あなたは必要ないのに座っていておかしい」と言われたという話が盛り上がっていたらしいんです。
「対応早っ」て思いました。これも何らかのソーシャル・イノベーションだったのかなと思いますが、市民の声に対して反応している。
しかも「いつか自分もそうなるかもしれないんだから」っていう方向で、呼び掛けているのは、すごくいいなと思いました。
「弱さ」を認める方向の連帯
石崎 それでいうとね、大原さんの新著『フツーに方丈記』(百万年書房)を読んでとっても面白かったのは、日本も台湾も連帯して新型コロナに対応している。
けれど、日本は、「みんなでコロナにならないように頑張ろう」という方向で連帯し、
台湾の場合は、「みんな、いつかコロナになるかもしれない」という弱さを認める方向で連帯している、
と書かれていたことです。
大原 日本はみんなで強くあろうという連帯ですね。
日本は、社会的弱者にならないようにみんなで気をつけている。この欠点は、一度、弱者になるとコミュニティーから排除されかねない。
一方、台湾の弱さを認める連帯は、生きやすい気がします。それは、いつか弱者になった自分も排除されない社会につながります。
石崎 このことは「コロナ」を別の言葉、「病気」とか「障がい」「貧困」「ひとり親」などに置き換えても言えることだとも書かれていましたね。
ライターの近藤弥生子さんが、以前対談をした際におっしゃっていたことですけど、日本でシングルマザーだったときは不安と疎外感を感じていた。
けれど、台湾でシングルマザーであると伝えると「かっこいい」と言われたと。あれは、こういうことを言っていたんだと得心しました。