オードリー・タンが教えた 若者と社会を力づける<たったひとつの冴えたやり方>
石崎洋司×大原扁理(対談)
2022.07.27
その声を聞くことで、社会全体の意識を変える
子どもなのに「台湾の教育を変えたい」とまで思えた理由
大原 これは石崎さんに質問なんですが、オードリーさんが、いじめや不登校の問題を親や周りの支援で解決した時に、ああよかったで終わらなかった。
子どもなのに「台湾の教育を変えたい」とまで思えた理由は何だったのでしょうか?
石崎 なぜなのか、オードリーさんに聞かないとわからないですけど、元々の資質はあると思います。
これは近藤弥生子さんに聞いた話ですが、オードリーさんは、相手の話を最後まで聞いて、どうしてそう考えるか理解するように訓練した。これはたいへんなんだと。
わたしのインタビューの時も、「許したのではなく、理解できた」と仰っていました。だから意図的な努力ではありますよね。
でも普通は、いじめた相手に怒るとか、そこから逃げるとかだけど、彼女は、子どもなのに俯瞰的に見てますよね。やはり資質があったんじゃないかな。
大原 自分のことで言うと、例えば上京して「生きづらい」と感じたとき、わたしは、個人の問題としてしか捉えられなかったです。そして個人の問題として解決しようとした。それが「隠居」でした。
ソーシャル・イノベーションではなく、パーソナル・イノベーションですね。
でも、どうして生きづらいのか、って考えたとき、そもそも家賃が高すぎる、給料が安すぎるという社会的な理由があったはずなんです。
そこに注目できていたら、オードリーさんのように、制度やしくみを作っていくことでわたしを含めたみんなの「生きづらさ」を解決することもできたのかもしれない。
石崎 わたしはお父さんの影響がすごく大きいと思うんですよ。
オードリーさんの伝記を書いていると、どうしてもお母さんのことが多くなるんです。不登校になったオードリーに寄り添って、むしろオードリーからの影響ではありますけど、学校まで作るわけですから。
お父さんはソクラテスを信奉する方で、オードリーさんが4歳ぐらいのときから、さまざまな書物や哲学の話をしているんですよ。そこで物事の考え方の相対化ができているんじゃないかと。
大原 まわりの人や環境に恵まれていたとは言えるわけですよね。環境に恵まれなくて、だめになってしまったオードリーさんのような人はきっといると思うんです。
彼女は、1981年生まれで、インターネットの勃興期にあたっていて、この世代はたくさんのハッカーが生まれてますよね。でも社会に受け入れる体制がなくて、アメリカの天才ハッカーって若くして自殺した人もいる。
オードリーさんは、自分を受け入れてくれる、大人や社会があったというのはものすごく幸運だと思います。
<小さなオードリー・タン>を力づける
石崎 それはものすごく幸運ですね。日本でも、オードリー的なことができるはずだったけど、潰されてしまった人は数知れずいたんじゃないかと思います。
大原 小さなオードリー・タンは日本にもいますよ。
台湾は若い人が元気です。先ほどのストローの段階的な禁止を提案したのが、17歳の高校生だったみたいに。
そこには、大人たちが子どもたちの声を聞いているよ、という姿勢が示されています。
それが子どもたちを力づけていると思うんです。それは台湾の未来をエンパワーメントすることでもありますよね。
わたしは日本で十代だったときに、そういう風に力を与えてもらったことが、ほとんどないように思うんです。
何も決めさせてもらえない。何も責任を負わせてもらえない。
だから台湾の子どもたちの「社会をよりよく変えていく力がある」と信じられる環境がうらやましいです。
石崎 一時期、わたしの子ども時代は、都立高校などで、生徒による校則改革を盛んにやっていたんですよ。
大学で学生運動があったりした時代の余波みたいなものだったかもしれない。
わたしは、こういう風に世の中は変わっていくんだろうなと、思っていたんですが、大人になったときには、消えていた。
大原 日本にも、そういう時代があったんですね。育った地域にもよるかもしれません。
わたしの学校は、冬でもマフラーが禁止だったんです。わたしは頑固だったので、学校の近くまでマフラーをしていって、鞄にしまうことで個人的に解決していました。
パーソナル・イノベーションをどうしたら、ソーシャル・イノベーションにできるか、それがオードリーさんから学びたいことです。
日本にも、すこしずつ、意見を聞くプラットフォームができていきているので、そういう変化を楽しみにしています。
【文・構成/吉田幸司】
『「オードリー・タン」の誕生 だれも取り残さない台湾の天才IT相』
石崎洋司/著
定価:1650円(税込)
四六判 208p
ISBN978-4-06-527593-1
イラスト©小林マキ
●読者対象:小学生から大人まで 今、疎外感を感じている子どもたち/ 今、疎外感を感じている親、大人たち/進むべき未来(希望)を探すすべての人たち/親子読書にも最適です!
石崎洋司(いしざきひろし)
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、出版社勤務を経て、作家・翻訳家としてデビュー。『世界の果ての魔女学校』(講談社)で第50回野間児童文芸賞、第37回日本児童文芸家協会賞を受賞。「黒魔女さんが通る!!」シリーズ(講談社青い鳥文庫)など多数の人気作品を手がける。伝記には『杉原千畝 命のビザ』、『福沢諭吉 自由を創る』(講談社火の鳥伝記文庫)などがある。
大原扁理(おおはら へんり)
1985年愛知県生まれ。25歳から東京で週休5日・年収90万円の隠居生活を始める。31歳で台湾に移住し、3年半隠居生活を実践するが、現在はコロナの影響で帰国。著書に『隠居生活10年目 不安は9割捨てました』(大和書房)『いま、台湾で隠居しています』(K&Bパブリッシャーズ)、『なるべく働きたくない人のためのお金の話』、『フツーに方丈記』(百万年書房)などがある。