国語9点の子が大学院に進学 外国人ルーツの子どもが本当に欲している大人とは

吉川英治文化賞受賞・小林普子さんに聞く「外国にルーツを持つ子どもたちの教育支援」第2回

ライター:太田 美由紀

親に相談できないことも相談できる人がいる安心感

小林さんの活動は子どもたちの精神的な支えでもありました。

大学の建築学科から大学院にも進学し、現在は大手ゼネコンに就職し社会人2年目となる郎敬禹(らん・じんゆう)さん(26)が来日したのは、小学校6年生の4月のこと。

両親ともに出身は中国で、当時、日本語は家族の誰も話せませんでした。杉並区立の小学校に転入したものの、外国人の児童は郎さん1人でした。

「最初の数ヵ月、言葉が全くわからなくて授業中はほとんど寝ていました。

同級生にちょっかいを出されてもずっと我慢していましたが、6月のある日、我慢できなくなって手を出してしまったんです。僕は体が大きくて力も強かったから、相手がケガをしてしまった」(郎さん)

両親は仕事で帰宅も遅く、家に帰っても夜遅くまで一人きり。毎日学校で嫌なことがあっても我慢するしかありませんでした。

中国に帰りたいと泣いて訴えることはあっても、いじめられていたことは今でも親には伝えていません。

我慢して我慢して、ある日ついに限界を超えてしまった。クラスメートにケガをさせてしまったことも、郎さんが一方的に手を出したことになっていました。

このまま同じ学校にはいられないと家族で引っ越しを考えていたときに小林さんを知り、どうせなら「こどもクラブ新宿に通える地域にしよう」と、新宿区に転居を決めたと言います。

「言葉がわからないことよりも、『困っている』と言える相手がいなかったことが一番つらかった。

新宿区に転校すると、クラスに僕を含めて7人もいろんな国から来た友達がいた。日本語もわかりはじめて友達もできた。学校以外にバスケの仲間もできた。

もう中国には帰れないと覚悟して、日本語を必死で勉強しました。

小林さんは、いつでも話を聞いてくれる人。三者面談も母と一緒に行ってくれました」(郎さん)

郎さんは都立高校を受験したとき、国語で9点しか取れなかったと小林さんに報告し、くやし泣きをしたことがある。

そのとき、小林さんが「まだ私立もあるから、早く切り替えなさい」とサラリと言ったことが印象に残っていると言います。

「一緒に泣くわけでも、なぐさめるでもない。きっと小林さんには、本気で勉強していないのがバレてたんじゃないかな。

それもあって、高校2年生のころは集中して勉強しました。大学進学に向けて指定校推薦をとれる成績を目指してた。

わからないことや困ったことがあったときにすぐに相談できるよう、こどもクラブ新宿の開催場所のすぐ近くのマックで毎日勉強していた時期もありました。

このことは小林さんにも言ってないし、相談には一度も行かなかったけど、近くにいるだけで安心だった。

小林さんは、家の状況をわかってくれているし、いろんな経験や人脈がある。両親に相談できないこともなんでも相談できる。相談すればたいていのことはなんとかなる。

僕にとっては日本のおばあちゃんです。今、一人暮らししているけど、何かあればすぐに小林さんに会いに行ける距離に住んでいます。僕はこれからも何度も相談すると思います」(郎さん)

郎さんは取材の最後に、就職祝いに小林さんにもらった名刺入れを大事そうに見せてくれ、こう言いました。

「この間小林さんに会ったとき、とりあえず、一級建築士取りなさいよって言われました。いつもそうやってすごく気にかけてくれてる。一級とれるように頑張りたいと思っています」(郎さん)

(第3回へ続く)

※第3回は2023年6月10日公開予定です。

※1 吉川英治文化賞=公益財団法人・吉川英治国民文化振興会が主催する〈吉川英治賞〉のなかで、日本の文化活動に著しく貢献した人物、並びにグループに対して贈呈されるのが文化賞。他に、吉川英治文学賞、吉川英治文学新人賞、吉川英治文庫賞がある。

15 件
こばやし ひろこ

小林 普子

Hiroko Kobayashi
NPO法人「みんなのおうち」代表

1948年、愛知県生まれ。NPO法人「みんなのおうち」代表。 2000年ごろから日本語・教育支援のボランティアを始める。2004年から大久保小学校で親子日本語教室立ち上げに関わる。2005年、NPO法人「みんなのおうち」設立。2007年に外国にルーツを持つ子どもを対象とした日本語・学習支援教室「こどもクラブ新宿」(新宿区の協働事業制度利用、のちに新宿区の事業)を立ち上げ、2017年から同地域(新宿区大久保)に居場所「みんなのおうち」も開設、現在に至る。 第57回(令和5年度)吉川英治文化賞を受賞。

1948年、愛知県生まれ。NPO法人「みんなのおうち」代表。 2000年ごろから日本語・教育支援のボランティアを始める。2004年から大久保小学校で親子日本語教室立ち上げに関わる。2005年、NPO法人「みんなのおうち」設立。2007年に外国にルーツを持つ子どもを対象とした日本語・学習支援教室「こどもクラブ新宿」(新宿区の協働事業制度利用、のちに新宿区の事業)を立ち上げ、2017年から同地域(新宿区大久保)に居場所「みんなのおうち」も開設、現在に至る。 第57回(令和5年度)吉川英治文化賞を受賞。

おおた みゆき

太田 美由紀

編集者・ライター

1971年大阪府生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。雑誌編集部を経て独立。育児、教育、福祉を中心に、誕生から死まで「生きる」を軸に多数の雑誌、書籍に関わる。NHK Eテレ『すくすく子育て』の番組制作やテキスト制作に関わる(2020年まで)。 2011年より新宿区教育委員会・家庭教育ワークシートプロジェクトメンバー。2017年保育士免許取得。子育てコーディネーターとして相談現場でも活動。「人間とは何か」に迫るため取材・執筆を続けている。 初の自著『新しい時代の共生のカタチ~地域の寄り合い所 また明日』(風鳴舎)重版出来、好評発売中。 ●『新しい時代の共生のカタチ~地域の寄り合い所 また明日』公式HP

1971年大阪府生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。雑誌編集部を経て独立。育児、教育、福祉を中心に、誕生から死まで「生きる」を軸に多数の雑誌、書籍に関わる。NHK Eテレ『すくすく子育て』の番組制作やテキスト制作に関わる(2020年まで)。 2011年より新宿区教育委員会・家庭教育ワークシートプロジェクトメンバー。2017年保育士免許取得。子育てコーディネーターとして相談現場でも活動。「人間とは何か」に迫るため取材・執筆を続けている。 初の自著『新しい時代の共生のカタチ~地域の寄り合い所 また明日』(風鳴舎)重版出来、好評発売中。 ●『新しい時代の共生のカタチ~地域の寄り合い所 また明日』公式HP