翻訳家・金原瑞人さんをうならせた美しく切ない「孤児」の物語

児童養護施設出身の登場人物たちが「家族を求める」姿に心をうたれる

翻訳家:金原 瑞人

ロマンチックでちょっと切ない。 「運命の家族をさがす」話題の児童文学

虐待や親の病気、貧困などさまざまな理由で保護者のもとで暮らせない、または保護者のもとで暮らすことが適切でないとされる子どもに対し、社会的養護を受けて暮らす子どもたちは、全国に約4万2000人いる。そのうち、児童養護施設の入所児童数が2万4000人弱でもっとも多い。児童養護施設では、保護者のない児童、虐待されている児童、その他環境上養護を要する児童が過ごしている。(厚生労働省「社会的養育の推進に向けて」令和4年3月)

そして、毎年約2000人の18歳の若者が、社会に出ていっている。

児童養護施設や里親家庭などの社会的養護の経験者のことを<ケアリーバー>といい、経済的支援や居場所づくりに、今注目が集まっている。

(写真:Aflo)

児童養護施設出身の登場人物が「新しい家族」を求める姿を描いた『ぼくらは星を見つけた』(著:戸森しるこ)は、施設をでて社会にでていった子どもたちについて考えられる貴重な一冊だ。

この本に描かれている困難をともないながらも、星をつかもうとする主人公たちに胸をうたれない読者はいないだろう。この一冊をどう読めばいいか、多数の児童文学翻訳を手がけている金原瑞人氏が解説した。

「この家族は何かがおかしい」その違和感が、感動にかわる──「そら」でつながっていく運命の物語

丘の上にある青い屋根のお屋敷に住んでいるのは、女主人の桐丘(きりおか)そら、息子の星(せい)、ハウスキーパーのシド。そこへ、星の家庭教師をすることになった岬峻(みさき・たかし)がやってきていっしょに暮らし始めるところから、四人の生活が始まり、物語が始まる。

(「そら」の写真:講談社児童図書編集チーム)

そらは40代だが、天文学者の夫を亡くした悲しみで一夜にして完璧な白髪になってしまった。

星は10歳、「すこやかで心が強く、とてもやさしい子」。シドは30代で、「飾り気のない白いシャツと黒いパンツ」に、「きっちり編みこんだ」長い髪の「まるでお堅い社長秘書のような」女性。岬も長髪で、お洒落な口ひげが特徴。いつも高級そうな、しかし使い古したシルクハットをかぶっている。これまでに美容師・手品師・塾講師をやってきて、ピッコロも吹ける。

さて、こんな4人だが、それぞれにユニークで癖はあるものの、基本、思いやりがあって、相手の気持ちはわかるので、意見の違いでぶつかることもなければ、けんからしいけんかもない。一見、仲よく共同生活を送っているようにみえる。ところが、いつもある種のぎこちなさが漂っている。たとえば岬は、そらさんと星の会話をきいて、こう思う。

「この家族は何かがおかしい。何かがちぐはぐで、大きくすれ違っている。それともおかしいのは自分なのか」
 
その理由は星が養子だからなのかもしれない。星は幼いころ、「みさき学園」という児童養護施設にいたのだ。そして岬はそこで育った。しかし、それだけが問題ではないことがやがて明らかになっていく。

日本の児童書には珍しい「孤児」設定

日本の児童書ではずいぶん珍しい。

何が珍しいかというと、主要人物のふたりが児童養護施設の出身という設定だ。この「孤児」という設定だが、欧米の児童書では数え切れないほどある。アン・シャーリー、ピーター・パン、オリヴァー・ツイスト、パレアナ・フィテア、ハイジなどは、そのまま邦題のタイトルになっているし、その他、『足長おじさん』『小公女』『小公子』『秘密の花園』『フランダースの犬』なども、読んでいるかどうかはともかく、知らない人はいないだろう。これは決して古い児童書の名作だけにみられる設定ではない。ハリー・ポッターも孤児だ。

ところが日本の児童書で、この設定はあまりない。少なくとも、読み継がれてきた児童書のなかには少ない。『ぼくらは星を見つけた』の作者はこの作品の核となるアイデアを得たとき、どういう設定にするか、どういう展開にするかで、ずいぶん悩んだのではないだろうか。ちょうど10年くらい前、例外中の例外として川島誠が児童養護施設の子どもたちを『神さまのみなしご』で書いている。この作品はとてもリアルに現代的・社会的な問題もからめて物語が展開するのだが、いうまでもなく、本作品ではこの設定は使えそうにない。そして作者が考えあぐねた結果、誕生したのがこの作品だったような気がする。

ファンタスティックな挿絵が、異国の雰囲気をかもしだす

まず、(おそらく)日本の話であるにもかかわらず、雰囲気がヨーロッパ的だ。

舞台になっている丘の上のお屋敷は洋館風だし、そこにはメイドもいれば庭師もいる。そらさんが語る亡き夫の思い出も「主人が飛行船に乗せてくれたことがあったの。私の誕生日だったかしら」という言葉に象徴されるようにロマンチックだ。このあたりは同じく孤児が主人公のアニメ『天空の城ラピュタ』と少し重なる。それに星が出演するクラスの劇は『星の王子さま』。また、後半の中心的なイベントはサンタとクリスマス。そもそもエミ・ウェバーの表紙も挿絵もファンタスティックだ。

(『ぼくらは星を見つけた』挿絵エミ・ウェバー)

運命が自分次第で動き出すことを信じているからです

さらに、登場人物の心の動きの描かれ方も詩的だ。たとえば、こんな言葉。

「運命が自分次第で動きだすことを信じているからです。」
「サンタにはプレゼントを渡す相手が必要だ」
「毎朝髪を編む時に、すごく不思議な気持ちになるんです。まるで自分の過去を編んでいるみたいな。(中略)編み終わるとこう思うんです。ようやく現実と立ち向かう支度ができたって」


この試みは成功していて、ロマンチックで詩的なファンタジーとしてじつに見事に美しく仕上がっている。

しかしそれだけではない。『クラバート』や『大どろぼうホッツェンプロッツ』で有名なファンタジー作家オトフリート・プロイスラーが、ファンタジーを凧にたとえて、こんなことをいっている。ファンタジーというのは凧と同じで、地面から離れて高く飛べば飛ぶほど楽しいのだが、けっしてその紐が切れてはいけない、凧はしっかり地面とつながっていなくてはならない。

ロマンチックな物語にまかれている、リアルな心理描写

『ぼくらは星を見つけた』は、まさにそこが素晴らしい。設定も舞台も登場人物もふくめて、幻想的な心温まる小説であるにもかかわらず、地に足のついたリアルな感動を与えてくれる。作品のあちこちに心理的なリアリティの太い梁や柱がのぞいているのだ。たとえば、最後のほうで岬が児童養護施設のことを語るところや、いつもシルクハットをかぶっている理由を打ち明けるところはまさにそれだ。ここを読んではっとした読者も多いと思う。

ロマンチックで、ちょっと切なく、読み終えたあと、やさしい気持ちになれる……けど、忘れがたい重荷をひとつ心に残していく、そんな作品です(金原瑞人氏の原稿はここまで)。

目利きの書店員たちが、すすめる一冊

『ぼくらは星を見つけた』は、目利きの書店員からも推薦の言葉が届いている。

背負わざるを得なかった「闇」があるから、光りかがやく主人公たちに、心打たれない読者はいないでしょう。
──紀伊國屋書店横浜店 花田優子

不器用にしか生きられない。そんな、愛すべきキャラクターたちが、すこしずつ「家族」になっていく姿から目が離せませんでした。
──クレヨンハウス 鏡鉄平

人は「母」に出会い、世界は宇宙のように広がっていく。母は大切なスタート地点だと感じさせてくれる物語。
──ブックスページワンIY赤羽店 風穴真由芽

ここには、家族を愛する不器用な人たちの姿があります。新たな変化を受け入れた登場人物たちに、安堵の気持ちでいっぱいになりました。
──丸善丸の内本店 兼森理恵

ネットギャリーに寄せられた感想を紹介

『ぼくらは星を見つけた』は、書籍の刊行前に会員からのレビューをもらうNetgalley(ネットギャリー)というサイトを通じて、小説を読んでもらっていた(現在は公開していない)。

ネットギャリーの会員の多くは書店、図書館、学校の関係者や文筆業など、読書の経験値が高い層で構成されている。

この作品の魅力を伝えるため、ネットギャリーに寄せられた感想の一部を紹介したい。

本当の家族』とはいったいなんでしょう。登場人物は、それぞれの背負ったものの重さも、抱え込んだ思いもあり、星を見つけるまでの道のりは平坦ではありません。とても心の深いところまで温めてくれるお話でした。これは冬になったらもう一度読みたいですね」(レビュアー)

「自分が幸せって心から湧き出すように思えたら、もうそれは誰がなんと言おうと、幸せなんです。そう、教えてくれた作品です。……ありがとうございました」(書店関係者)

「親に捨てられた子という重い題材であるはずなのに、魔法のように優しく、ユーモアもあり、あたたかい気持ちになり、しずかに泣きながら読み進めました。作者さんの作品が好きでほとんど読んでいますが、これまでの作品とはまたちがったタイプの、とてもよい作品でした。読むことができてよかったです。自分に、大好きな人への贈り物にもぴったりの本ではないでしょうか」(レビュアー)

家族ってなんだろう。家族ってただそこにいるから家族なんじゃない。心のつながりを持てるから家族なんだと、読んだ後、自分の周りの人達を大切にしようと思える本」(教育関係者)

『ぼくらは星を見つけた』(著:戸森しるこ)

「運命の人」×「家族」を求める感涙小説。産経児童文学賞受賞作家の意欲作!ロマンチックで、ちょっと切ない。忘れられない荷物をひとつ心に残してくれます。──金原瑞人さん、推薦!

丘の上の青い屋根のお屋敷に、彼女たちは住んでいました。ご主人のそらさんと、10歳の星(せい)。そしてハウスキーパーのシド、白猫のダリア。そらさんの旦那さんは、十数年前に亡くなった、天文学者の桐丘博士です。専属の庭師と、そらさんの主治医が出入りするほかは、現実から切り離されたように静かなところでした。

ある日、「住みこみの家庭教師」という募集を知って、お屋敷にひとりの男性がやってきます。それが岬くん。この物語の主人公です。

岬くんは元美容師で、手品や楽器という特技も持ち合わせています。そらさんは岬くんを家族の一員として迎え入れ、星は紳士的でユーモラスな岬くんにすぐに懐きました。けれど無愛想なハウスキーパーのシドだけは、なかなか心を開きません。不器用だけど本当はやさしく思いやり深いシドに、岬くんは惹かれていきます。

その家族にはいくつか不自然な点がありました。「本当の家族」を求め続ける岬くんが、奇跡的な巡り合わせで「運命の人」にであう物語。

戸森しるこ プロフィール
1984年、埼玉県生まれ。武蔵大学経済学部経営学科卒業。東京都在住。『ぼくたちのリアル』で第56回講談社児童文学新人賞を受賞し、デビュー。同作は児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞フジテレビ賞を受賞。2017年度青少年読書感想文全国コンクール小学校高学年の部の課題図書に選定された。『ゆかいな床井くん』で第57回野間児童文芸賞を受賞。その他の作品に『十一月のマーブル』『理科準備室のヴィーナス』『ぼくの、ミギ』『レインボールームのエマ』『すし屋のすてきな春原さん』 (以上、講談社)、『トリコロールをさがして』(ポプラ社)、『しかくいまち』(理論社)、『れんこちゃんのさがしもの』(福音館書店)、『ジャノメ』(静山社)などがある。

かねはら みずひと

金原 瑞人

Mizuhito Kanehara
翻訳家

1954年岡山市生まれ。法政大学教授、翻訳家。訳書は児童書、ヤングアダルト小説、一般書、ノンフィクションなど、500点以上。訳書『青空のむこう』(求龍堂)、『国のない男』(中公文庫)、『さよならを待つふたりのために』(岩波書店)、『あ、はるだね』(講談社)など。監修に『10代のためのYAブックガイド150!』(ポプラ社)、『12歳からの読書案内』(すばる舎)、『13歳からの絵本ガイド YAのための100冊』(西村書店)などがある。

1954年岡山市生まれ。法政大学教授、翻訳家。訳書は児童書、ヤングアダルト小説、一般書、ノンフィクションなど、500点以上。訳書『青空のむこう』(求龍堂)、『国のない男』(中公文庫)、『さよならを待つふたりのために』(岩波書店)、『あ、はるだね』(講談社)など。監修に『10代のためのYAブックガイド150!』(ポプラ社)、『12歳からの読書案内』(すばる舎)、『13歳からの絵本ガイド YAのための100冊』(西村書店)などがある。