学校がつらい子も「生きる力」を取り戻す 不登校児2000人を見守った識者が親に伝えたいこと

シリーズ「不登校のキミとその親へ」#7‐3 認定NPO法人「フリースペースたまりば」理事長・西野博之さん~多様性と子どもの伸ばし方~

認定NPO法人「フリースペースたまりば」理事長:西野 博之

「川崎市子ども夢パーク」の秋イベント「こどもゆめ横丁」の会場で。夢パーク内の「フリースペースえん」では子どもたちからは「西やん」の愛称で呼ばれて大人気。  写真:浜田奈美

居酒屋店長やミュージシャンになった子どもたち

「えん」を巣立った子の中に、とにかく釣りに夢中な男の子がいました。

中学で学校に行かなくなったけれど、釣りばっかりやっていたら、魚をさばくのが得意になっちゃった。本当に見事に魚をさばくものだから、中学を形式卒業した15歳のときに、飲食店から「働かないか」と引く手あまたでした。雇用主からすれば、これだけ包丁を使える子がいるなら「ぜひうちに」って。

しかも、「えん」で多様な子どもと一緒に生きてきたから、コミュニケーション能力が高いわけです。

みんなで一緒に釣りに行くと、糸がからまって癇癪を起こすような年下の子たちの面倒を丁寧に見て、釣り糸を解いてあげたり、釣れた魚が怖くてつかめない子がいたら、代わって針を取ってあげたり、優しい子でね。

そんな感じだから対人コミュニケーションスキルはばっちりで、包丁もプロ並みに使えるし、職場でも信頼されていました。とある全国チェーン居酒屋の店長になり、さらに今は自分のお店を持つために、別のお店の店長として修業中です。

ミュージシャンになった子もいます。

かねてから「えん」では南米の音楽・フォルクローレの演奏活動に取り組んでいますが、その活動がおもしろくなった中学生の男の子が、「楽器をやりたい」と。最初はベーシストになりたかったけれど、ベーシストは世の中にたくさんいるから、フォルクローレの「チャランゴ」という楽器を勧めたら、これにハマった。

「もっとやりたい。どこでやれる?」となり、プロの演奏家に相談したら、「東京大学の民族音楽愛好会は定評がある」と教えてくれた。それで彼は東大のサークルに通って、さらにボリビアに渡り、生活のために「なんちゃって日本語教師」として働いて、ボリビア人の女性と結婚もして子どもも生まれ、帰国して、今はチャランゴ奏者として、とても活躍しています。

苦しんでいた子どもが、周囲から温かいまなざしを浴びて存在まるごと肯定してもらえたら、自己肯定感もぐんぐん高くなって、のびのびと自分らしく生きる力を取り戻していきます。

「私はこれで大丈夫」とか「このままの僕でいいよね」と子どもが思えるように周囲が支えてあげれば、学校に行けるか行けないかなんて、子どもの学びと育ちにはほとんど関係がないと思っています。

ただし気をつけたいのは、見守る側は、子どもが「特別な何か」を成し遂げることだけにフォーカスしてはいけないということ。でないと「特別なこと」ができない子どもを取りこぼしてしまうし、その種の視線は、子どもたちにとって「成功が求められている」という呪縛になってしまいます。

決して「to do(する、できる)」にフォーカスするのではなく、一人一人の子どもの持つ力を見つけ出し、光をあてて、存在を丸ごと全力で肯定すること。大切なことは、「to be(ある、いる)」です。

赤ちゃんって、赤ちゃんでいるだけで、みんながニコニコ顔になりますよね。そこに存在するだけで周囲を和ましてくれる存在。すべての子どもはそんな力を持って生まれてきたのに、いつの間にか人間の勝手な価値観で序列化して、宝物の力を奪ってしまいました。

生まれたての赤ちゃんが持っていた、あの存在感。生きてるだけで光を与えてくれる命という宝物を大切に思い、その子が生きていることの幸せをかみしめていられたら、親は十分なのではないでしょうか。

そしてそう思えたなら、目の前の子どもに「あなたはそのままで大丈夫」というメッセージを何度も何度も、伝えてほしいと思います。


取材・文/浜田奈美

2024年6月刊行の西野さんの著書『マンガでわかる! 学校に行かない子どもが見ている世界』(KADOKAWA)。西野さんが経験した「不登校あるある」の事例とその答えを漫画で紹介。Amazonの「いじめ・不登校」の売れ筋ランキングで1位を獲得した。

※西野博之さんインタビューは全4回(公開までリンク無効)
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にしの ひろゆき

西野 博之

Hiroyuki Nishino
認定NPO法人フリースペースたまりば理事長

東京都生まれ。川崎市子ども夢パーク、フリースペースえんなど、各事業の総合アドバイザー。精神保健福祉士、神奈川大学非常勤講師。 1986年より学校に行かない子どもや若者の居場所づくりを行う。文部科学省「フリースクール等に関する検討会議」委員など数々の公職も歴任。NHKをはじめとするメディアにも多数登場。 2021年まで15年間、「川崎市子ども夢パーク」の所長を務め、2022年にはそこで過ごす子どもたちの日常を描いたドキュメンタリー映画「ゆめパのじかん」が公開された。 『学校に行かない子どもが見ている世界』(KADOKAWA)など著書多数。 ●NPO法人フリースペースたまりば

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東京都生まれ。川崎市子ども夢パーク、フリースペースえんなど、各事業の総合アドバイザー。精神保健福祉士、神奈川大学非常勤講師。 1986年より学校に行かない子どもや若者の居場所づくりを行う。文部科学省「フリースクール等に関する検討会議」委員など数々の公職も歴任。NHKをはじめとするメディアにも多数登場。 2021年まで15年間、「川崎市子ども夢パーク」の所長を務め、2022年にはそこで過ごす子どもたちの日常を描いたドキュメンタリー映画「ゆめパのじかん」が公開された。 『学校に行かない子どもが見ている世界』(KADOKAWA)など著書多数。 ●NPO法人フリースペースたまりば

はまだ なみ

浜田 奈美

Nami Hamada
フリーライター

1969年、さいたま市出身。埼玉県立浦和第一女子高校を経て早稲田大学教育学部卒業ののち、1993年2月に朝日新聞に入社。 大阪運動部(現スポーツ部)を振り出しに、高知支局や大阪社会部、アエラ編集部、東京本社文化部などで記者として勤務。勤続30年を迎えた2023年3月に退社後、フリーライターとして活動。 2024年5月、国内では2例目となる“コミュニティー型”のこどもホスピス「うみとそらのおうち」(横浜市金沢区)に密着取材したノンフィクション『最後の花火』(朝日新聞出版)を刊行した。

1969年、さいたま市出身。埼玉県立浦和第一女子高校を経て早稲田大学教育学部卒業ののち、1993年2月に朝日新聞に入社。 大阪運動部(現スポーツ部)を振り出しに、高知支局や大阪社会部、アエラ編集部、東京本社文化部などで記者として勤務。勤続30年を迎えた2023年3月に退社後、フリーライターとして活動。 2024年5月、国内では2例目となる“コミュニティー型”のこどもホスピス「うみとそらのおうち」(横浜市金沢区)に密着取材したノンフィクション『最後の花火』(朝日新聞出版)を刊行した。